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カーゾンのふたつのモーツァルト
クリフォード・カーゾンはサーの称号
を持つ唯一のピアニストでした。
上品で奥ゆかしい演奏は、手厳しい
英国の聴衆を魅了しました。
けれど録音嫌いで、残されているもの
はあまり多くありません。
その中で、春にぴったりのモーツァル
トの演奏をご紹介します。
ひとつは、ブリテンが指揮したピアノ
協奏曲第20番ニ短調と第27番変ロ
長調のアルバムです。
演奏は比較的小編成で折り目正し
い演奏をするイギリス室内管弦楽団。
ベンジャミン・ブリテンは作曲家が本
業ですが指揮にも定評があります。
「超絶的名演奏」と言われることもあ
るこのモーツァルトはかなり個性的
です。
特にニ短調の音の峻烈さには驚か
されます。
強い音が力強く輝きます。
メロディーとして歌うことよりも音の
威力を誇示しているようです。
モーツァルトの心情を表現するより
は、音の力を示して、音が心の中で
の波紋として広がります。
また反面、小さな音ではたっぷりと
歌って、表現の幅を広げます。
作曲家らしい、音の力を信じた、巧
みな演奏です。
カーゾンはそんな一見素っ気ない
伴奏にのって、いつもよりは振幅の
大きい演奏を繰り広げます。
ブリテンに活気を引き出されています。
それも名演奏と言われる大きな要因
でしょう。
カーゾンは録音自体も少ないので
すが、録音してもなかなか発売を許
可しないのでも有名でした。
もうひとつご紹介するのは生前には
発売が許可されなかったものです。
ピアノ協奏曲第23番イ長調と第27番
変ロ長調。
ブリテンとのものが1970年録音です
が、こちらは1964年。
指揮はジョージ・セルで、ウィーンフ
ィルハーモニーの演奏です。
セルも演奏に対しての厳しさでは
人後に落ちません。
指揮者を馬鹿にして勝手に演奏を
してしまうウィーンフィルを完全に
制圧して、自分の音を出します。
アンサンブルは美しく整い、しかも
完璧なフレージングで音楽の構成
と作曲家の心情を同時に表現すると
いうほとんど神業に近い演奏をします。
ウィーンフィルとの共演も多くあります
が、交響曲と違い協奏曲では厳しい
構成感よりは音楽の愉悦が前面に
でています。
音が伸び伸びと飛翔し、軽くやさしく
旋律を奏でます。
どこにも滞りがなく流れ、どの瞬間も
美しく光がさします。
そしてカーゾンもその流れの中でいく
ぶん硬質の音でモーツァルトの純粋
な叙情を表現しています。
共演者の選別にも厳しかったセルで
すが、カーゾンはお気に入りだったよ
うで、共演の回数も多く、ブラームス
等の名録音も残されています。
どうしてこの素晴らしい演奏の発売が
当時はされなかったのでしょうか。
共通の曲第27番の演奏を聴き比べ
れば差は歴然としています。
セルとの共演の方が表現の幅や美し
さ、完成度がはるかに上です。
セルが主導権を握ったのが気に入ら
なかったということはないでしょう。
謙虚な人ですから、自身が目立つよ
りは音楽の美しさを選ぶでしょう。
完璧に表現しすぎて余白や想像の
余地がないためでしょうか。
第2楽章が甘美な抒情に流れすぎて
自分の欠点が見えてしのまったので
しょうか。
それとも整いすぎているため、ほん
の少しのタッチの粗に納得がいかな
かったのでしょうか。
ふわふわと漂う春の感覚ですが、この
季節にはモーツァルトの上品で流麗
な音楽がぴったりです。
演奏者の気持ちを想像しながら、美
しい奔流に身をまかせるのも春の楽
しみのひとつです。