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秋の夜長を楽しむ
ケラー四重奏団
若いときは、オーケストラの壮大な音、
指揮者の超人的な気力やダイナミッ
しかし歳を重ね、自分にできることと
やりたいことの区別がついてくると、
もっと細やかで身近な音に親しみと
深い共感を感じるようになります。
とりわけ最近は室内楽を聴くことが増
えてきました。
音楽は西洋のクラシックが最も優れて
いるとは思ってはいないのですが、
聴く機会としてはバッハやモーツァル
ト、ベートーベン等が多いのです。
ひとつには、彼らは決して世の大勢
に従順に生きていたわけではなく、
むしろ「こんなのは嫌だ、俺はこれで
なければ嫌だ」という魂の叫びを音に
託していることが理由です。
決して予定調和の世界ではなく、切
実な刹那の苦しみを宿しているのを
感じると、時代は遠く離れ、方や天才
方や凡人であっても、深い共感を感
じます。
そして西洋人の頭脳の明晰さにもも
うひとつ惹かれる理由があります。
音楽は感性と知性、それらに支えら
れる精神によって育まれます。
西洋人の知性は時として産業革命を
起こし、戦争によって侵略し、一方的
に価値を押し付けます。
けれど最良の感性と結びついた時、
そこに感覚の美だけでなく、時間の
経過=物が移り変わることを留めるこ
とができます。
気持ちの変化、新しい想念などが精
神の躍動として私たちを巻き込みま
す。
最高の芸術は悲惨の中から生まれま
す。
安穏とした中には宿りません。
西洋のクラシック音楽、アメリカのジャ
ズはそうして生まれ、人類の芸術の
最高峰になりました。
ですから、ただの音の楽しみというだ
けでは芸術とは言えません。
人類共通の悩みと絶望そして希望を
宿していなくてはなりません。
前置きが長くなってしまいましたが、
そんな歴史的な経緯を内包しながら、
最高の質を感じさせてくれる音楽しか
今の私には興味はなく、今もっとも心
から楽しんでいるのがピアニストのエ
フゲニー・コロリオフと今回ご紹介しよ
うと思うケラー四重奏団です。
アントラーシュ・ケラーによってハンガ
リーで1987年に結成されました。
その後数多くのコンクールで優勝し、
バロックから現代音楽まで広いレパー
トリーを持っています。
伸びやかで美しい音、完璧な技術、
厳しい造形感がありますが、これらは
現代の演奏家なら誰でも達成してい
ることです。
深い歌心と現代に生きる私たちの不
安や希望を内在しながら更にその先
を求める先進性を持つ稀有な存在で
す。
ハンガリー出身ということもあり、バル
トークの弦楽四重奏の演奏には定評
があります。
バルトークは普通厳しく、斬新に解釈
されますが、ケラーの演奏では音の
清新さはありながらどこか民謡を聴い
ているような懐かしさ、暖かさを感じ、
バルトークの別の一面と出会えます。
特におすすめしたいCDが三種類あ
ります。
まずはドビュッシーとラヴェルの弦楽
四重奏曲です。
名演数多の名曲ですが、フランスらし
い音楽の感覚美が高いレベルで達
成され、すべての瞬間が美しく、すべ
ての瞬間が躍動し流転し、次の跳躍
の後にまた美しい瞬間があらわれま
す。
エラートの廉価版で発売されていて
手に入れやすく、この曲の私の一番
のお気に入りです。
次はバッハのフーガの技法です。
バッハの最高峰とも言われますが、
一見単調な繰り返しに感じるフーガ
の微妙な移ろいと、精巧な建築物を
中から覗くようなスリルにであう時、バ
ッハの内面と対峙しているような気持
ちになります。
そしてとにかく美しい。
バッハの死により中断した最後の音
が、中断せずにいつまでも心の中で
鳴り響き続けるのはケラーならでは
です。
こちらはECMレーベルのCDです。
最後は「歌うように、静かに」と名づけ
られたベートーベン、バッハ、クルタ
ーク、シュニトケなどの現代までの
名作の緩徐楽章を集めたアルバム
です。
緩やかで、静かではありますが、どこ
までも澄んでいて、深く浸透していき
ます。
悦びも、悲しみも時の流れの中では
激しいもの、余分なものは削られ、流
され、静謐の中に結晶し、澄んだ光
を放ちます。
ケラーの個性が十二分に発揮された
名盤と思います。
こちらもECMレーベルで現在HMVだ
けで手に入ります。
物思う秋の夜長にこれほど合う音楽
は世にそう多くはないでしょう。