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季節の音楽とからだ その11
エベーヌ四重奏団の現代音楽
「ラウンド・ミッドナイト」
エベーヌ四重奏団は、今もっとも光
を放っているフランスの若手の弦楽
四重奏団です。
2010年に発売された「フィクション」
は世界中で話題を巻き起こした名盤
でした。
ステイシー・ケントやナタリー・デュセ
イなどの個性的な歌姫たちをゲスト
に招き、音楽の垣根を飛び超えて
自由に羽ばたいています。
何でもできるテクニックのあるクラシ
ックの演奏家というより、クラシックも
ジャズも自在に演奏できるジプシー
バンドを思わせます。
ダイナミックに躍動し、変転を続け
そして常に美しく楽しいのです。
2020年に発売された「アラウンド・
ザ・ワールド」というアルバムは、
東京やブラジルなど、世界中でラ
イブで録音されたベートーベンの
弦楽四重奏の全集です。
これもとても生きのいい演奏で、
聴衆たちの興奮が直接伝わってく
るようでした。
そして今年2021年に発売された
のがこの「ラウンド・ミッドナイト」と
題された現代音楽のアルバムです。
現代音楽というと、うるさくて、難しく
よく分からないものというイメージが
つきまといます。
もうほとんどのことがやりつくされた
荒野のような現代の中で、新しい
音楽を作り、自分の足跡を残すと
いうのは大変に難しいことです。
作り手もどうしても目新しさを求め
がちです。
しかしバブルが崩壊した近年は、
古典に回帰しながらもその中に微
妙なニュアンスの違いや、新しさの
中に懐かしさを呼び起こすものが
増えています。
弦楽四重奏の分野では、サンフラ
ンシスコを根拠地にするクロノス四
重奏団が長い間トップランナーで、
主要な作品はほとんどクロノスが
初演し、またクロノスが演奏するこ
とで作品の価値が認められるとい
う状況が続いています。
私もファンで、おりにふれて楽しん
でいます。
現代音楽は不思議なもので、研ぎ
澄まされているのでずっと聴き続け
ると疲れますが、しばらくして古典
に倦むと無性に聴きたくなります。
その時好きな作曲家のライヒやシ
ュニトケなどではなく、演奏家の
クロノス四重奏団を思い浮かべま
す。
しかしそこに突然に入り込んで来
たのがエベーヌ四重奏団の現代
音楽です。
デュティユー1916-2013、メルリン
1982生、シェーンベルク1874-19
51の3人の曲です。
デュティユーの「夜はかくの如し」
は、アルカント四重奏団の輝かし
い演奏がありました。
エベーヌはより神秘的で、淡く明
滅する光を感じさせる演奏です。
耽美的で静的な美しさとリズミカル
な生命感を両立し、今この瞬間に
生まれたのような新鮮な演奏です。
星の瞬く音が聴こえ、得体の知れ
ぬ生き物のうごめきが感じられます。
メルリンはエベーヌ四重奏団のチ
ェリストです。
ジャズに造詣の深い四重奏団らし
く、「ムーンリバー」や「星くずのス
テラ」、「ラウンド・ミッドナイト」等の
ジャズのスタンダードナンバーを
取り込んだ「夜の橋」という楽曲を
提供しています。
無調と調整の世界を自由に行き来
し、その境界を感じさせません。
無調と思って聴いていた音がいつ
の間にかジャズの名曲のひとフレ
ーズに移り変わり、また無調の輪郭
が朧な世界に帰っていく様には、
スリルを感じます。
シェーンベルクの「浄められた夜」
は、ウィーンの耽美的で世紀末の
退廃を感じさせる音楽です。
濃密な人間関係を漂わせる演奏
が多い中、エベーヌは密やかで
しかも激しい内面のドラマとしてこ
の曲の新しい美しさを表出します。
アルバム全体として静かな夜にち
なんだ曲と演奏ですが、最期に
静謐で、浄化された感覚に至りま
す。
慌ただしい年末や、何かと賑やか
なお正月ですが、忙しい時間の
合間に自分を見つめなおす静か
な瞑想のひと時にぴったりの音楽
と思います。