音楽の力 その3「魂の静寂と独白」
ショパン・ピアノリサイタル

音楽の力 その3「魂の静寂と独白」
ショパン・ピアノリサイタル
pf.ヴラド・ペルルミュテ
私にとってショパンは、チャイコフスキ
ーと同様に少し苦手な音楽です。
感情過多で、聴いていると胃が重く
なり、胸やけがしたり、頭が痛くなった
りします。
しかし時に、とても心惹かれるショパン
に出会うこともありました。
その差がどこにあるのか長い間分から
ずに過ごしてきましたが、音楽を聴き
はじめて20年以上経ってからやっと
その違いを意識できるようになりまし
た。
相当に奥手で、鈍いのだなと自分で
も思います。
苦手なショパンはメロディにアタックを
連ね、ガンガンと暴力的に弾くタイプ
です。
私にはただのヒステリーとしか思えず
とても芸術作品とは感じられません。
反対に心惹かれるのは、節度をもって
メロディーよりも響きを重んじ、音の
合間から詩情が立ち上ってくるような
演奏です。
ショパンは近代的なイメージがありま
すが、意外と古い時代の人でベート
ーベンが存命中にはすでに活動を
開始していました。
子供の時は漫画の得意な快活な少年
だったそうですが、故国ポーランドの
動乱で国を出て過酷な運命に翻弄さ
れ、次第に悲劇的なイメージをまとう
ようになります。
しかし本人は自身をモーツァルトの後
継者と思い、調和のとれた音楽を目指
していました。
ただ時代の波は激しく、大きく、作品は
独自の振幅と深さを帯びています。
同時代のシューマンは作曲家でもあり
音楽評論家でもありましたが、ショパン
の音楽を「花の下に大砲を隠した」と
評しています。
ですからショパンの内的な憂鬱や激し
さを際立たせるか、内なる衝動として
ひそかに咲く花として愛しむかでまっ
たく異なる音楽になります。
アラウやルイ・ロルティ、タマーシュ・ヴ
ァシャリー、アンスネスなどに感じられ
る静かで抑えた表情の中から匂いた
ってくる抒情に惹かれるのはその違い
なのだと気が付くのに随分と時間が
かかりました。
しかし一度意識できると、ショパンを
とても近い存在と感じ、ショパンが好き
なのだと理解するようになりました。
音楽だけでなく何事でも、好きと嫌い
は表裏一体です。
好きなものに何か違和感が混じると
私たちはとても強い嫌悪を感じます。
どうでもいいものに嫌いという感情は
おきません。
食べ物でも嫌いと思っていたものが
本当に美味しいものに出会うと突然
に好きになることも多くあります。
私が最初に手に入れたショパンのア
ルバムはヴラド・ペルルミュテというフ
ランスのピアニストのものでした。
まだLPもとても高い時代で少しでも安
いものを手に入れようとコンサートホー
ル・ソサイエティというレコードクラブに
入っていました。
その中で評判が良いショパンのアルバ
ムがあり、興味を持って手に入れまし
た。
高校生には高い買い物でしたがとて
も気に入り、特にB面の「舟歌」には
いつも心をときめかせていました。
多くのヒステリックなショパンと遭遇す
る以前にこのアルバムと出会い、いつ
のまにか響きを重んじるショパンがす
りこまれていたのです。
ペルルミュテはフランスでは国宝扱い
の音楽家です。
私も時折そのLPを聴いて楽しんでい
ましたが、残念ながらCD化はされま
せんでした。
しかしある時、10枚組のCDの中にそ
っと紛れ込んでいるのを発見し手に
入れておきましたがすでに廃版です。
ですからみなさんにご紹介してもまず
探すことはできません。
それでJASRAC日本著作権協会に問
いあわせして、もう存在しない会社の
著作権の切れた60年前の音源を配布
してもいいかと聞いてみました。
すると「いいとは言えないけれど自己
責任で」という答えでした。
というわけで今回希望者にコピーして
お渡しすることにしました。
簡易ケースに入れ、オリジナルの解説
もつけようと思います。
価格は300円を予定しています。
ご希望の方は声をかけて下さい。
アルバムのタイトルは「ショパン・リサイ
タル」で1961年の録音です。
曲目は「幻想曲Op49」「タランチュラ」
「スケルツォOp3」「舟歌」「子守歌Op
57」「革命のエチュード」「バラードOp
38」で、特にショパンの最高傑作舟歌
から始まる旧B面の4曲は絶品と思い
ます。
水面のきらめき、押しては返すさざ波、
頬に心地よい風、今を楽しみながら
過去を愛しむ視線などが感じられ詩情
という言葉がこれほど似つかわしいも
のは他にない「舟歌」。
子供がいないショパンですが故郷の
安らぎを思い起こされる「子守歌」、
激情よりは哀愁を感じさせる「革命」、
感情の振幅の大きさ、安らぎと憂鬱、
憧れと切実が調和して最後を飾るに
ふさわしい「バラード」と続きます。
ACCディスク大賞も受賞した名盤です。

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