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- 晴屋の青い扉「農業復興の可能性」

農業復興の可能性
世界中から日本に観光客が訪れ、
自然の美しさ、治安の良さ、食べ物の
豊富さと安さを楽しんでいます。
周囲を海に囲まれた日本は比較的
干ばつの影響が少なく、緑が残り、
早くから公害が問題になったため対
処が行き届き空気もきれいです。
子供を大切にし、互いを思いやるこ
とが他の国に比べれば浸透した文化
と生活習慣があるのでマナーの良さ
も賞賛されます。
日本に住む私たちから見ると、随分と
社会が荒れてきていると感じますが、
残念ながら世界全体はもっと荒廃し
ています。
我慢することを美徳と感じるこの日本
の良さは政治の良さに起因するもの
ではありません。
教育の現場は、人手不足と詰め込ま
れる知識や規則の多さで限界に達し
ています。
またひとりひとりの創意や個性を伸ば
すのではなく、社会の一員としての役
割りをになうパーツであることを求め
られ、記憶力を試すテストでの格付け
によって社会での地位が決定されま
す。
そして上のランクに至れないのは努力
が足りないからだと思い知らされます。
このような状況を多くの人たちは我慢
しながら受け入れ、TVに娯楽を求
め、ゲームのリアルを感じ、アプリに
相性の良い相手を選んでもらいます。
こんな世界で、自分の個性をつぶさ
ずに生きるのは難しいことです。
消耗よりも悦びが上回る仕事を探す
のも至難の技です。
農業は本来、自然とともにある仕事な
ので、個人の創意が結果に現れます。
途中経過がどうあれ、予測が難しい
自然の中で結果をだせばそれでいい
のです。
成功も失敗もすべて個人で負います。
それが農業のやりがいであり、楽しみ
です。
作物の命によって、食べる人の命を
育むことが農業の本質です。
ただ腹を充たすための餌を作っている
わけではありません。
快や悦びを土台にした感性や身体を
作り、その輪を広げたいという本能が
私たちにはあります。
けれど、幼児期に快を充たさないと
本当に満足することを知らずに育ち、
次から次に目新しい刺激を求めます
が、決して満足することはありません。
不快を元にした欲求は際限なく次の
物を求め世界を独占しようとします。
今世界中で起きている悲惨は本当の
快を知らない人たちによってひきおこ
されています。
農業や自然はそうした荒廃した感性
を癒し、本来の道に引き戻してくれ可
能性を秘めています。
しかし現在の農業は極めて厳しい現
状があります。
干ばつや高温、嵐などの自然災害が
多発しています。
けれどこれは長い地球の歴史で繰り返
されてきたことであり、ある程度対処は
できるでしょう。
動物の問題はもっと深刻です。
天敵の狼がいなくなったため増え続け
る熊ですが、縄張りを持てない弱くて
気の短い熊が人里に降りて問題をひき
おこします。
これは狼を絶滅させたことによるある意
味人災です。
同様に、猪、鹿、猿も増えて山間部の
農家は対処に苦慮しています。
解決策は見つかりません。
天候の異変、獣の被害による収穫の少
なさだけでなく、価格の安さも農家を
追い詰めています。
日本は国策で工業製品が輸出しやす
いように為替を円安に誘導しています。
その見返りとして外国の安い農産物を
買う必要があり、国内に安い輸入の食
品があふれています。
その価格体系の中で農産物の価格を
上げることはできません。
今まで続けてきたお年寄りはともかく、
次の世代が専業農家として暮らしを
支えるのは不可能に近いことです。
その流れの中では、農業に連なる小
売りの現場でも仕事量の割りには収
入は少なく、後継者もやはり育ちませ
ん。
政治家たちは大企業の税金を軽減し
内部留保をさせて経営の安定を保証
し、政治献金によって自らの利権を守
ります。
反対することだけが仕事の野党を含
めて、根本的に政治を変えることが
できる、変えようとする担い手を見つけ
ることができません。
今の世の中でお金の力を否定すること
はできませんが、収入や物価のみが争
点となるだけでは食べ物を大切にする
文化は育ちません。
その文化を産み、育てるためにはまず
農業を国の土台として大切にすること
から始めなければなりません。
この世でお金が否定できない以上、
農業への税金の優遇や支援は絶対に
不可欠なものです。
資金の豊富な大資本だけが残り、農
業も大資本によるニュアルによる優先
の工業的な産業へと変貌を余儀なく
され、そのために補助金もあります。
しかし、私にはそれらは命の糧をあがな
うものとは感じられません。
命のことは命にしかわかりません。
農業者が誇りをもって生きていけるだ
けの糧を得られる世界。
自然の豊かさや息吹、農家の創意や
やる気を感じられ、命の源として悦び
をもって食べられる野菜。
満ち足りた心と身体で、互いの立場を
認めて生きられる社会。
農業を国の基礎として認める国や社会
には大きな可能性があります。
日本人の我慢強さ、他者の気持ちに
同調し思いやりを持つこと、他人のせ
いにせず誇りを失わないこと等の美徳
は失われつつあります。
まだ間に合ううちに農業復興の可能性
を追求して欲しいものだと思います。





