オーディオの今や昔の話 その6 終わりのない旅、アナログ

オーディオの今や昔の話
その6 終わりのない旅、アナログ
私の手元に江川先生が改造したL
Pプレーヤーがある。
YAMAHAのGT-750というもの
でアルミのターンテーブルの大部分
をガラスに取替え、外周の厚いアル
ミ部分には切れ込みを入れてあるた
いへんに手の込んだものだ。
その目的は直下にあるダイレクトドラ
イブのモーターからの電磁波をター
ンテーブルに通さないためだった。
その労力のおかげで、音の濁りが減
少し、すっきりした音が楽しめるよう
になった。
先生はステレオから再生される音を
よくするため、労を惜しまずあらゆる
努力をした。
それはストイックに極めるというよりは、
より心地よいものを求めた快を追求
するものだった。
だから余計に強いインパクトを持って
私たちに迫るものとなった。
それが最も具体的で、見た目の衝撃
も大きかったのはアナログプレーヤ
ーではなかっただろうか。
回転するモーターの力をターンテー
ブルに与えて、それが再生のエネル
ギーのベースとなっている。
けれどモーターの回転は一定ではな
く、余分な振動も含んでいる。
その振動の影響を吸収するため、タ
ーンテーブルは重たい方がいいとさ
れている。
江川先生もそれを踏襲して、超巨大
なターンテーブルを作ったり、鉄アレ
イを組み込んだりもした。
それは必ず結果に現れるのだけれ
ど、どこまでいってもこれでいいとい
う限界点が見えない。
イナーシャという慣性質量をいくら増
やしても、それにともなって出てくる
軸受けからのノイズや材料固有の響
きに付き合うことにもなる。
そうした重たくて、鈍い音に嫌気が
さし、今度は軽いもののほうに優位
性があると主張しはじめた。
S/Nなどのカタログ状の性能が良い
ダイレクトドライブにも異議を唱え、
モーターから出る電磁波までも問題
とするようになった。
誰にも思いつきもしないことだった。
今では旧式のベルトドライブの方が
性能が良いとされている。
前述の手元にあるプレーヤーはそう
した過程で生み出されたものだった。
その他にもターンテーブルシートや
インシュレーターという振動を吸収
するもの等のゴムの製品は、アナロ
グの音を甘くぼやけたものにするの
で排除した。
トーンアームは普通S字型をしている
けれど、それはオフセット角といって
内周でも外周でも盤面とカートリッジ
が一定の角度で接するための工夫
だ。
けれどそのためにアームの強度は
落ち、余分な振動をし音の本来の
力強さを失わせるといって、ピュアス
トレートアームという、真っ直ぐ一直
線のアームを提唱した。
常識を信用せず、直感とひらめきで
新しい地平を拓いていった。
それらの一部はメーカーの超高級機
に取り入れられている。
アナログなどごく一部のもの好きの
ためのものなのだから、いくら高くて
もいいようなものだけれど、あまりの
高額では多くの人には普及せず、
文化としては衰退してしまうだろう。
それで江川先生は安くて手軽なもの
に活路を見いだそうとした。
それもひとつの諦観であるけれど、
ほどほどの中にある愉しみもあるとし
ても、マニアの端くれとしては、やは
り最高の品質のものを持ちたいと思
う。
そんな要求に応える製品がもう少し
で発売される。
江川先生と多くの活動を共にしたFI
DELIXの中川氏が開発したプレー
ヤーはこれらの条件を全てクリアし
た、ほぼ究極と言ってよいほどの製
品だ。
納得の部品を集めて作った私用の
プレーヤーを上回るものとなっている。
価格は約30万円。
残念ながら私の小遣いで買える価格
ではないけれど、部品として売られる
トーンアームだけならなんとかなりそ
うだ。
今まで多くのアームを使ってきたけ
れど、私の理想が結実している。
これが私にとって生涯最後のアーム
であると心に決めてしまえば迷いは
ない。
到着と音出しが待たれる日々が続く
けれど、きっとまた新しい旅の始まり
でもあるだろう。

 

 

 

 

 

 

オブジェと化した江川アーム
江川三郎先生考案のオイルダンプアームは
糸釣り式。

独創的で、個性的で面白い製品だった。
しかしシリコンオイルが何故か零れる。
再度組みなおしてもまた零れる。
江川先生にクレームかたがた報告したら、
「そうなの、あれ零れるのよ」でお終い。
性能は抜群なのに耐久性は考慮しないのが
江川流だ。
次々に新しいものを作ればいいのだから。

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