レジ袋の有料化に思う

レジ袋の有料化に思う
レジ袋の有料化が法律で強制にな
って、3週間たちました。
晴屋ではみなさんのご協力もあり、
ほとんどの方は不要ということで混乱
もなしに移行できました。
晴屋ではもともと袋のリサイクルにとり
くんでいたという歴史のためもあるで
しょう。
開業当初の40年前からお客さんに
袋を持参してもらい、あるいは不要
の袋をいただいてリサイクルしてい
ました。
晴屋のポイントカードも、配達しないで袋
を持参した人につけるということから
始まったものでした。
しかし数年前からとてもやりにくくな
ってきました。
国が介入してくることで、かえって
混乱が始まりました。
例えば紙のリサイクルは日本は世界
的に見て、とても優秀な状況にあり
ます。
利用率が高く、実際に資源としてう
まく利用しています。
しかしこれは国が作ったものではあり
ません。
ゴミ屋などと揶揄されながらも回収し、
システムを作った底辺の人たちがい
たおかげで出来たシステムです。
それを国が横取りし、「ゴミは資源」
と言いながらそうした人たちを排除
してしまいました。
今まで地道に「ゴミ」を集めて価値の
あるものに変えていた人たちが、泥
棒として扱われるようになったのです。
いったいどちらが泥棒なのでしょうか。
またレジ袋やごみ袋に使われている
石油原料は、価値の低い、燃やすこ
としかできないものを利用しています。
ですからわざわざコストの高い袋を
使わずにゴミといっしょに燃やしてし
まえば、ゴミを燃やすときに使う重油
を減らすこともできるでしょう。
またその方がマイクロチップになって
海洋汚染をする確率も減ります。
もちろんCO2の排出は減らさなければ
なりませんが、それは出口でなく入り
口で、なるべく使わないという立場と
それを進める文化や生活習慣を作る
ことから始めるべきことです。
私たちが生きている以上、ゴミや排
泄物をゼロにすることはできません。
自然環境に負担をどの程度かけるか
の問題です。
しかし今の政策は、イメージばかりが
先行し、実質のあるものとなっていま
せん。
日本の縦割り行政のために、環境省
は産業界に対しての発言権がほとん
どありません。
通商産業省のやっていることに口出
しできないのです。
欧米のように政府の中での議論や
意見の交換するという習慣も歴史も
ありません。
放射能汚染にも環境省はまったく口
をはさむことができません。
推進派の通商産業省が内部で可否
を決めます。
まともな結論が出るとは思えません。
全ては大企業の能率と利益優先に
できています。
数少ない環境省の足跡を残せる場
がゴミ袋というわけです。
私たち末端の庶民は、その気まぐれ
な政策に翻弄されます。
レジ袋を捨ててはいけないなどと決
められると、晴屋に一気に集まり収集
がつかなくなります。
ビニール袋のリサイクルを中止せざ
るをえない状況になりました。
町にごみ屋さんがいなくなったように
決して状況がよくなってはいません。
そしてそこにコロナ禍がやってきま
した。
欧米ではマイバックは禁止になって
いるところが多いようです。
ウイルスのキャリアとなってしまう可能
性があるからです。
日本ではまだそこまで深刻ではなく、
マイバッグを介しての感染の報告は
ありません。
けれどお客さんから持ち込まれた袋
を、そのまま使うことにはさすがに抵
抗があります。
マスクと同じで、問題が出るかどうか
より相手への礼儀の問題です。
晴屋が40年続けたささやかな抵抗
も、もう通じない世となってしまいま
した。
しかし大事なのはレジ袋を使うかどう
かよりも、私たちが自分自身や自然
環境、社会のあり方の中でどうした
暮らし方ができるかにかかっています。
なるべく自然即した生活をしていれ
ば、余分な包装や添加物、不必要な
買い物は減るでしょう。
そして本当に必要なものを選び取る
ことで、私たちも成長し、まわりとの関
係も改善します。
私たち個々の充実が、社会の豊かさ
につながっていくことが理想です。
利己的、排他的にならずに自分の
理想を追い、可能性を追求できる世
であることを願わずにいられません。

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