旬の音楽 秋の夜長は「フランク」

秋の夜長は「フランク」
セザール・フランクはベルギーで生
まれ、フランスで活躍した音楽家で
す。
ベルギーは地味で落ち着いた印象
がありますが、ちょっと不思議な雰囲
気をもつ国です。
ベルギーで私たちが思い出すのは
チョコレート、そしてノーベル賞、EU
やNATOの本部があることでしょうか。
昔から地政学上の要地で、様々な
政治の荒波にもまれました。
そのため知人でも政治の話はまず
しないと聞きます。
始めると必ず諍いになるのだそうです。
ノーベル賞もその資金の元はノーベ
ル夫妻の発明のダイナマイトによる
ものです。
そのためベルギーは今でも世界の武
器取引の中心地であり闇商人たちが
出入りします。
ヨーロッパや世界の闇を底に秘めな
がら静かに暮らしているのです。
フランクの音楽を聴く楽しみは、こう
したベルギ―の複雑に入り組んだ
微妙な色合いを味わうことに他なりま
せん。
甘さも、苦さも、悦びも、苦しみも、
それぞれが同じ重さで心にありなが
ら、その中に一縷の光を見ようとする
音楽です。
歳をとった今となっては、一時の高揚
よりも、少し微温で、また冷ややかで
もある音が秋の夜長に沁みていきます。
代表作は「バイオリン・ソナタ」と「交響
曲」でしょうか。
微熱に浮かされたようでありながら腹
腰の深い所に響くバイオリン・ソナタ
には数多くの名演奏があります。
筆頭はフランチェスカッティでしょうか。
ラテン的な側面に寄った演奏ですが、
カザドッシュのピアノも感覚的かつ理
知的でバランスの良い美しさです。
同郷のグリュミオーは美音と上品さ
で磨かれた美しさです。
その弟子のデュメイは、師を引きつ
いだ美音と頭脳的な緊張感を両立
しますが、官能的な側面が強く印象
に残りフランス的です。
ドイツのホープ、イザベラ・ファウスト
はやはりゲルマン的です。
女性らしいしなやかさもありながら、
煉瓦のように音を積み上げ、心の奥
にひとつの世界を構築します。
アメリカのアイザック・スターンの若い
時の演奏も素晴らしいものです。
明らかにフランチェスカッティに影響
された演奏ですが、ロシア人の年輩
のピアニスト、ザーキンの奥行のある
ダイナミックな演奏でフランクのいぶし
銀の世界が表出します。
これはCDになっていないのが残念
です。
黒でも白でもない微妙なグレーの色
合いを楽しむフランクの音楽は、秋
の定まらない気候にはぴったりです
が、それだけになかなか決定的な
演奏がなく、その時の気分によって
聴きたいものが違います。
けれど一度はまると抜け出せない不
思議な魅力があります。
フランクは、とても地味で誠実な人柄
であり、名声を求めるよりは、静かに
自分の音を極めようとしました。
その当時でも最新の音や形式から
は外れ、時代遅れと評されます。
それでもフランキストと呼ばれる弟子
たちが集い、一つの流れを作ります。
時代の波からは遠い所にありながら、
孤独にも耐え、自らをみつめます。
孤高で険しい道を歩く魂が放つ淡く
深い音たち。
慈しむという言葉がこれほど似合う
音楽はありません。
交響曲にも数多の名演奏があります。
活気に充ち、生命を謳歌するカンテ
ッリ。
同世代の同じイタリア人なのに対照的
に重く、ダイナミックなジュリーニ。
フランス人では、モントゥーの自在な
棒が、音に隠された情熱をほとばし
らせます。
ドイツのフルトベングラーは、黒い森
をさまようようなファンタジーを表現し、
クレンペラーはディオニソスとなりきっ
て暗い情念を噴出させます。
目下私の一番のお気に入りはアンド
レ・クリュイタンスです。
ラベルやベートーベンの演奏で定評
がありますが、ベルギー出身というこ
ともあり、フランクも素晴らしいもので
す。
瞬間瞬間の美しさとバランス感覚が
秀でており、非のうちどころのない美
の世界でありながら、耽美的でも、冷
たくもありません。
悲惨な状況の中にも人としての理想
を失わない上品さの極みです。
人の心根にふれることこそ音楽の何
よりの悦びです。

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