私が所属する俳句結社炎環の先輩
前島きんやさんが句集を上梓され
拝見しました。
　聴き役の妻の歳月藤の花
　まとまらぬ労使交渉桃の花
　夏風邪や株主総会リハーサル
　初笑ひ少しづれをり老夫婦
仕事を誠実にこなされ、良き家庭人
としても過ごされた歳月を感じます。
そうした意味ではサラリーマン俳句と
捉えることもできますが、私の印象は
少し違います。
「紺の背広」というタイトルに右肩を
落とし少し前屈みの、眼鏡をかけた
サラリーマンの哀愁を感じさせるイラ
ストがあしらわれています。
何度か句会を共にしたことがあるき
んやさんの私のイメージは違います。
姿勢正しく、重心は低く、いつでも
全力を尽くせる力を秘めています。
銀行から出向し、業績を立て直して
大きな会社の社長業やりきった男の
自信や高圧的な雰囲気とも無縁で
す。
社会に対する批判と肯定のバランス
を保ち、自分を見失わない賢人の
静かな雰囲気を漂わせています。
　土嚢売るホームセンター冬日向
　結願の朝底紅の花ひとつ
　さよならのサ行の静寂遺影かな
　梅の香や美しき魯迅のデスマスク
　梅干しのだんだん小さくなる日暮
知と情のバランスがいつも保たれ、
上質の諧謔性も感じられます。
　図書館の机にひとりづつ昼寝
　生真面目の男の癖毛赤とんぼ
　仲秋の名月電線が邪魔
　夜空指す右手袋の忘れ物
音楽の造詣も深いようでセンスの良
さが垣間見れます。
　満月のひかりよチェロのブラームス
　初日の出待ちカセットのボブ・ディラン
　鯛焼やキャンセル待ちのコンサート
同傾向の句を並べた選句のため、
全体に穏やかな印象がありますが、
時に山口誓子のように知が先立ち、
現実を深く切り取る句も見られます。
　鉄橋に貨車来るリズム山笑ふ
　碧眼の大鹿の角切られけり
　軍港のスチームハンマー鰯雲
　七夕祭り盲導犬の長き舌　
　原爆忌オールに青き夜光虫
伝統に根ざした句ばかりでなく、新し
い感覚を目指したものもあります。
　凌霄花ノンステップバス傾けり
　信号の赤のドットや雪時雨
難しい言葉や難解な表現は避けら
れていますが、感性のひらめきや
知性の深さを感じられ、とても勉強
になりました。
仕事を引退され、これまでの人一倍
の経験を生かされてより素晴らしい
句が醸成されることを願っています。
ありがとうございました。