小豆と熊と自然

小豆と熊と自然
近年晴屋の小豆は、宮城県加美郡
の戸叶さんのものでした。
自家採種による無肥料自然栽培で、
地の品種を自然環境が豊かな土地
の恵みを凝縮した野性的でしかも
やさしく包容力のある味です。
去年のものはもう売り切れとなり、今年
の収穫を待っていましたがそろそろか
と思い今年の様子を聞いてみました。
すると今年は天候のせいで不作の上、
熊が出て怖くて畑に行けないので収
獲はできないと言われてしまいました。
先日ニュースで話題になった、ドアを
開けたら目前に熊がいたという家の
隣が戸叶さんの家だそうです。
それでは確かに収穫は無理そうです。
残念ながら今年は他の生産者に頼る
しかありません。
値段は上がりますが北海道産の同じ
レベルの小豆を手配しようと思います。
今までが200g548円でしたが、今度
は886円と大幅な値上となってしまい
ます。
それにしても日本に限らず世界中で
の熊の被害の報道に驚かされます。
一般的には山に食べ物がなくなり仕
方なく熊が降りてくると思われていま
す。
もちろんそうした気候変動の影響は
あるでしょう。
熊は日常的には草食です。
そのため餌場を確保するために縄張
りを作ります。
その縄張り争いで負けた弱い熊が人
間界に降りてきます。
弱くて不安定な熊は見境なく人を襲
います。
古来から熊の天敵は肉食の狼でした。
しかし狼が駆逐され、人間の世界でも
狩りは敬遠される今、熊の個体数は
増加してしまいました。
飽和状態の熊は食べ物を求めてこち
らにやってきます。
これは個人のレベル、町や村などの
行政単位のレベルで解決できる問題
ではありません。
今は熊による人的被害が話題になっ
ているため、熊が注目されていますが
農作物の被害ということで言えば、猪、
鹿、猿などの方がずっと多いでしょう。
農家のおばあちゃんたちが「ケモノ」
と言い捨てる獣たち。
畑で可愛い野ねずみを見つけると彼
女たちは躊躇なく持っている鎌でザク
ッと切り裂き、また何事もなかったよう
に淡々と畑を耕します。
生存のためには互いに遠慮はありま
せん。
他の獣も熊と同じ理由で増えていて、
里に降りて生き延びようとします。
こちらも個人や行政のレベルで解決で
きるものではありません。
互いにせめぎあい、闘いながら全体と
しては調和しているのが「自然」です。
決して平等でも民主的でもありません。
人間に生まれた以上、人間として生き
る権利があり、生を全うできると私たち
は信じています。
権利は保証され、自然を犠牲にして
も仕方のないこととして文明は進んで
きました。
こうなると人間が淘汰され、狼かそれ
に代わる生き物が現れるのが一番の
近道かもしれません。
しかし家畜も人も襲う狼は駆逐されて
しまいました。
後戻りの道はありません。
動物にも人道主義を拡大しようとして
いる風潮の中で、私たちに残された
選択の余地はあるのでしょうか。
都会で、何でも手に入れることができ
る暮らしをしている私たち。
けれどそのために自然にかけている
負荷を考えると、深い絶望と吐息しか
ありません。
全地球、人間全体のことに責任を持
つ力は私たちにはありません。
無力を自覚しつつ自分の周囲の小さ
な関係をよりよくする努力だけが残さ
れた道です。
その小さな努力が、少しでも人間の
社会がよりよくなる一助になればと願
うだけです。
それをあまりに小さく無意味と思うか、
手ごたえを持てる生きる意義と感じら
れ、まだできることがあるのを幸せな
ことと感じるかは個人の問題です。
私たちがどういう文化にかかわり、どう
いう生活を形作るかは私たち自身の
選択です。
晴屋が少しでもそうした選択の手助け
をできるような力を維持したいものだと
願っています。

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