- Home
- しゃちょーのブログ, 晴屋の青い空
- 晴屋の青い扉「晴屋の浦島太郎」

30年ほど前の晴屋
晴屋の浦島太郎
野性の力に充ちた野菜や薬に頼らな
い食べ物を扱う晴屋を始めて45年。
つい昨日のことのような、ずっと昔のこ
とだったような不思議な時間感覚だ。
何の設備もない車一台の引き売りから
始めて、店を持ち冷蔵庫、冷凍庫、エ
アコンなどの設備も次第に充実してき
た。
しかし日々の感覚としては未だに季節
の変化とともにやってくる野菜たちに
向かい合い、お客さんたちに理解を
求めて懸命に手渡していく緊張に翻
弄され続けている。
この感覚は当初から変わっていないの
で、45年前の自分と今の自分はほと
んど変わりないようにも感じてしまう。
進歩もあまりないけれど後退もしてい
ないと思っていた。
しかし最近自分にとっては衝撃的な
ことが起きてこの認識が覆された。
事務の棚の整理をして昔の写真が出
きたようで、配達から疲れて帰った私
は、いきなり昔の自分に出会った。
品数もまだ少ない中、素朴だけれど
心をこめて並べられていた野菜や加
工品たちが並ぶ店の中。
そして若い私は、自分の記憶より清々
しく、凛としている。
こんな時代が自分にもあったのだと思
いだし、今の自分とのギャップに驚か
された。

周りは知っているはずの場所なのに
いきなり自分だけが老いて取り残され
ているような不思議な感覚だ。
浦島太郎もこんな気持ちになったの
かもしれない。
そして普段は忘れていた様々な危機
も思いおこす。
無農薬の流通の内部の権力闘争に
嫌気がさしもう止めようと一度は決意
したこと、三陸大震災の時には放射能
への危機感が世に強まり関東以北の
産地の野菜を忌避する傾向が強まる
中昔からの産地を切り捨てられずに
放射能測定をしながら倒産を覚悟し
ながら今までの野菜を扱い続けたこ
と、同業の店が駅前に出店し扱う品物
や姿勢を改めて問われたことなどなど。
そのたびにお客さんたちの暖かな理解
のおかげでなんとか乗り越えてきた。
普段は忘れている大きな波や毎日休み
なくやってくる雑務やトラブル、睡眠不
足や抜けきらない疲れが一気に吹き出
して私を襲う。
昔の写真と今の私のギャップが逃げよう
もない事実として示されている。
最近感じる疲労感ももっともなことと受け
入れるしかない。
しかし一方、45年間続け72歳になり
年寄りの部類にはなってもまだ続けら
れるのは、ありがたいことだなとも思う。
まだ少し進める可能性が残っている。
後5年で晴屋も50周年。
人生の収穫期として何か納得できるも
のを残したいとも思う。
童話の中の浦島太郎は希望や理想を
持ち続けられたのだろうか。
竜宮城で無為に楽しんだことを悔いた
か、新しい出会いに新たな意欲を感じ
たか。
私の場合はどうなるのだろうか。
45年間使用後






