クラウディオ・アバド  音の彼方へ

この文章は2016年10月から2018年6月まで晴屋通信に連載されたものです。

メルマガ及びファックス会員に配信したものと同じ文章です。

 

アバド 音の彼方へ その1「弱音の鬼」
ドビュッシー夜想曲  1970年
アバド指揮 ボストン交響楽団
手に取ったりんごをテーブルの上に
置くとします。
色あいや形、光の具合、テーブルの
質感や間合いなど、いろいろな要素
がある中、自分がここしかないと感じ
る場所があります。
必ずしもりんごが一番映える場所で
はないかもしれません。
そのポイントから少し動かすだけで、
空間に張りつめたものが生まれる
かもしれません。
りんごの置き方、空間の捉え方にそ
の人の人間性が現れます。
りんごの持つ生命力、色あいのもつ
変化から自然の豊かさを感じます。
ひとつとして同じ物はないのに、全
体として調和する宇宙の営みを感
じられる場というものがあります。
まだ若かったアバドが指揮したこの
ドビュッシーの曲には、そんな孤独
につきつめた透明な緊張感があり
ます。
クラウディオ・アバドは1933年にイタ
リアのミラノで生まれました。
音楽一家に生まれ、家庭内でいつ
も室内楽を楽しむ恵まれた環境に
育ちます。
ウィーンで学び、タングルウッド音楽
祭で最高位のクーセヴィツキー大
賞を獲得、ミトロプーロス国際指揮
者コンクール第1位など順調な船出
となりました。
けれど指揮の出来にアバドは納得
できず、故郷に帰って室内楽の教
師をしながら研鑽をつみます。
再び表舞台に立ち、ミラノスカラ座
音楽監督、ロンドン交響楽団音楽
監督、ウィーン国立歌劇場音楽監
督を歴任しました。
1990年からは憧れの存在であった
フルトベングラーという指揮者の楽
器、ベルリンフィルの音楽監督とな
りました。
やりたいことは何でもできてしまうよ
うな、誰にもとめることはできない
順調な経歴です。
けれどいつももの静かで謙虚でも
あったアバドは、自分の音楽を追求
することを終生続けました。
このアバドの初期のアルバムには
そう簡単には安易な心地よさには
近寄らないぞという決意の表明が
されているようです。
ドビュッシーの透明で細やかなニュ
アンスに富んだ音たちを、アバドは
一音一音丁寧に紡ぎます。
細く、美しく、しなやかな糸が絡み
ながら暗い空間に揺れて漂います。
はじめてこの演奏を聴いたとき、弱
音の鬼というイメージが浮んできま
した。
大きな音でどれだけダイナミックな
表現をするかでなく、小さな音にど
れだけニュアンスをこめられるかが
注意深く厳しく求められています。
スマートな立ち振る舞いと人懐こい
笑顔の奥にある、求道者としての
ストイックなアバドの姿が感じられ
ます。
そこにある存在の意味と必然が追
求されています。
けれど若いアバドはあることの意味
を求め、ないことの意味にはまだ
至っていないように感じます。
それは何よりも音楽への献身に支
えられていますが、自らの音楽への
追求とこだわりにもなっています。
指揮する姿も、オーケストラに向か
ってタクトを突き立て情熱をこめて
楽員を鼓舞する、肩に目いっぱい
力の入ったものでした。
ふくらみとしなやかさを持ち、力の
抜けた流麗な指揮ぶりのベルリンフ
ィルとの再録音まで30年ほどの時間
の経過が必要です。
けれどいずれも素晴らしく、違うもの
であっても、やはりどちらもアバドな
のです。
美しく整った演奏をするために、没
個性的と捉えられることも多いアバ
ドですが、個性を主張しない個性は
より強く、根深く、何ものにも換えが
たいものとなっています。

アバド 音の彼方へ その2「クラウディオ!」
ロッシーニ序曲集1978年
アバド指揮 ロンドン交響楽団 
ロッシーニはかつてヨーロッパ中を
席巻した作曲家でした。
テレビもラジオも映画もない時代、オ
ペラは何よりのエンターテイメントと
して庶民の楽しみでした。
見かけも美しく、社交家で、美食家。
健全で、前向きな感性を持っていた
ロッシーニは、今の時代で言えばビ
ートルズとエルビス・プレスリーを一
人でやっているようなものだったでし
ょう。
一般大衆ばかりではありません。
べートーベンは高く評価しながらも
自分より人気があるのを嘆き、ワーグ
ナーはああなりたいと憧れ、ベルリオ
ーズは神の作った音楽と讃えました。
その当時の最先端の現代音楽であ
り、高度なポップミュージックでもあっ
たわけです。
しかしメディアや記録媒体のない当
時は、作曲者の死とともに人気も一
気に廃れていきます。
いつの間にか「セビリアの理髪師」と
「ウイリアム・テル」を残した一発屋の
音楽家と思われていきます。
そんなロッシーニの再発見に大きな
貢献をしたのがアバドです。
ロッシーニには屈託のない伸びやか
さがあります。
ゆったりした叙情と劇的な盛り上がり
を作り、音楽は苦労の跡をとどめずに
流れます。
そして何より人の心に音楽を届け同
調させてひとつにまとめる構成力を持
っていました。
それを理屈や押し付けでなく自然
な流れと上品で洗練されたセンスで
作品に仕上げます。
モーツァルトに匹敵するような才能
です。
この序曲集にはそんなロッシーニの
音楽の楽しさとエッセンスが詰まっ
ています。
ロッシーニには、「ロッシーニ・クレッ
シェンド」という必殺技があって、こ
のアルバムにもいたるところに見ら
れます。
感傷をゆさぶるようなゆるやかな旋
律の後に、早めの短いフレーズが
繰り返され、次第に音量をあげてい
きます。
演奏する楽器が増え、木管楽器が
いろどりを添え、ついには黄金の輝
きのようなきらめきとエネルギーの
解放に至ります。
音の強さや鮮やかさなら、トスカニ
ーニをはじめアバドよりも効果を上
げているものも多くあります。
けれど心が浮き立つようなわくわく
感では、アバド以上のものを感じさ
せるものはありません。
アバドが持ってうまれた伸びやかな
感性をだしきって音にこめます。
音楽は美しく、生きることは快を求め
ることであるという当たり前のことが、
これほどはっきりと形になることはそ
う多くはないでしょう。
音楽の才能とそれを伸ばす機会に
恵まれ、愛情あふれる家庭で大事
に育てられ、人間の善や美しいもの
を信じ、物静かだけれど率直で、他
人を引き込む笑顔をもっている、「クラ
ウディオ」と名づけられたアバド。
先のドビュッシーでみせたストイック
に突き詰めたものと対照的な、この世
にある悦びを謳歌しています。
けれど肉体的存在としてだけでな
く、魂の担いとしてのアバドにはまた
別に背負っているものがあります。
そんな軋轢が後年、肉体に大きな
ダメージを与えたかもしれません。
モーツァルトは命を切り詰めて音楽
を追求し高みに至りましたが、悲惨
の中で夭折しました。
ロッシーニは途中で方向転換しこの
世の悦びを追求し永らえましたが、
世間から忘れられました。
どちらがいいというのではありません。
まだ若いアバドにも多くの道が開か
れていますが、容易な道を選ばなか
ったことだけは確かです。

アバド 音の彼方へ その3「孤独な魂」
ムソルグスキー管弦楽作品集1980年
アバド指揮 ロンドン交響楽団 
ムソルグスキーの作った曲でまず私
たちが思い出すのは「展覧会の絵」
でしょうか。
元はピアノのための曲ですが、それ
をラヴェルがオーケストラのために
編曲しました。
洗練された美しさと透明感のある高
揚がありますが、八割くらいはラヴェ
ル作曲といってもいいでしょう。
ムソルグスキーの個性はあまり感じら
れません。
「はげ山の一夜」も有名ですが、こち
らはゴツゴツとして、粗野で、直情的
です。
目がギロッとして、髪はボサボサ、
洞窟からでてきたトロルのようなイメ
ージのムソルグスキーにぴったりです。
ロシア五人組の一人として、それな
りに名の通ったムソルグスキーです
が、完成された曲はごくわずかです。
世の中とのかかわりも厳しいものがあ
ったようで、貧困の中、42歳で亡くな
りました。
元は地主階級の出身なのでしたが、
農地解放で没落しました。
けれどいつも民衆の側に立ち、音楽
も五人の中でもっとも民族的でした。
世間だけでなく、音楽仲間にも認
められないやり場のない感情は鬱
積し、強いアルコール依存症で寿
命を縮めました。
嵐の中にひとり立つような孤独でや
るせない魂の叫びが聴こえてくるよう
です。
けれどアバドが指揮したこのアルバ
ムからは、一般の演奏にあるギラギ
ラした屈折したものが感じられません。
しかし洗練され、研かれて骨抜きに
なってているわけでもありません。
素朴なフレーズひとつひとつに命が
吹き込まれ、今生まれたように息づき
ます。
不平不満の爆発でなく、生きる証し
としての切実な響きがあります。
アバドがムソルグスキーに深い共感
を感じているに違いありません。
ウィーンで指揮を学んだときの最後
の課題にムソルグスキーを選びました。
後年ベルリンフィルの音楽監督とな
ってさまざまな試みを企画しましたが、
その中に「ヘルダーリンに関する音
楽」というものがありました。
ヘルダーリンは18世紀のドイツ人で、
狂気のために塔に幽閉された詩人
として有名です。
とても読書家だったアバドはヘルダ
ーリンを好んでいました。
均整のとれた美しさや明晰さからは
はるかに遠い、ドイツの黒い森の奥
に分け入って神と歴史を心に宿すよ
うなロマンが感じられます。
何事も順調で、すべてを手に入れ
ているように見えるアバドですが、そ
の奥底には何かに魅せられ、今の現
実には決して充たされることなくつき
詰め続ける孤独な魂があります。
責任や名誉、物の豊かさや周囲との
つきあいなど現実の多様さに流され、
魂を腐らせると生きている意味を失い
ます。
そうして音楽の力を失っていった音
楽家も多くいます。
社会では認められることのなかった
ムソルグスキーですが、何人かの天
才を引き寄せています。
ラヴェル以外にも多くの音楽家が曲
に魅力を感じて編曲しています。
この肖像画は当時のロシアを代表す
る画家イリア・レーピンが死の床にあ
るムソルグスキーを描いたものです。
多くの人には理解されませんでした
が、魂の同調は存在の一番深いとこ
ろでつながることを知る人たちを惹き
つけます。
アバドも決してこの感覚を忘れませ
んでした。
わがままな人は自分を謙虚であると
主張しますし、謙虚な人は自らをわ
がままと思います。
アバドも内なる闇や荒々しい欲求を
見据えていたことでしょう。
眼をそらさずにずっと向かい続ける
のには根気ある勇気と大きなエネル
ギーが必要です。
この演奏からアバドの内面の声が
聴こえてくるような気がするのです。

アバド 音の彼方へ 
その4「ファンタジー」 1983年
メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」他
アバド指揮 ロンドン交響楽団 
ファンタジーは幻想文学とも訳され
ます。
現実ではない架空のもうひとつの世
界の物語です。
妖精や魔法、不思議な生き物が登
場し、生き生きと活躍します。
善いものと悪しきものの争いがあり、
試練や葛藤を通じて登場人物は成
長し、新しい世界を拓きます。
現実の世界は利害が複雑に絡み合
い何が正しいのか判断ができません。
そんな世の物語は過剰に刺激的で、
一瞬のカタルシスしか得られません。
ファンタジーは現実ではないけれど、
真実を語るものとして本質を抽象し
たエッセンスであり、魂という触れる
ことのできない炎を育みます。
魂の炎が尽きると、人は生きている
意味を失ってしまいます。
ファンタジーは文学だけでなく、音楽
などの芸術にも含まれています。
内なる世界が息づき、想像の翼が
広がって自由に世界を駆けめぐる
のに素敵な音楽は欠かかすことは
できせません。
そんなファンタジーをもっとも感じる
作曲家のひとりにメンデルスゾーン
があげられるでしょう。
「真夏の夜の夢」をはじめ、「イタリア
」「スコットランド」「フィンガルの洞窟
」「無言歌の舟歌」など、情景を感じ
させながらそれにとどまらず、胸に
迫る情感と知的な飛躍があります。
ファンタジーの感覚そのものです。
けれど西欧ではあまり評価が高くな
いのだそうです。
バッハやモーツァルトなどの古典の
均整のとれた美しさを愛して世に広
め、同時代の作曲家たちをあまり評
価しなかったため、批判にさらされ
たためもあるでしょう。
またキリスト教徒でしたがユダヤ人で
あったための偏見と迫害もありました。
アバドはメンデルスゾーンの交響曲
の全曲を録音し、その音楽の魅力を
広めていました。
「彼には妖精が見えるんだ」と言わ
れるアバドは幼いころからファンタジ
ーに親しみました。
お母さんは絵本作家でもあり、いつ
も物語を聴かせてくれました。
壁紙の絵の動物たちが動き出して
話し、いつのまにか森に迷い込んで
しまうような世界が心の奥底にあり、
アバドの存在を支えています。
「私は非常にシャイで、いつもぼんや
りしていました。今でもそうですがね。
幼い頃の思いではぼんやりとかすん
でいて、あの頃を思い出そうとしても、
空想だったのか現実だったのかの区
別がつきません。・・・思い起こせば、
私の寝室には動物絵柄の壁紙が貼
ってあり、眠りに落ちる前に長いこと
それを見つめ・・・母の物語の登場人
物を想像していると、壁の小さな動物
たちが友達になり、一緒に遊んでく
れるのでした。」(ヘレナ・マテオプー
ロスによるインタビューより)
人間への信頼、芸術への献身、より
美しいものへの憧れが変わらずに
あります。
おだやかで他人を惹きこむ笑顔は
作り物ではなく、心の内底からのも
のです。
メンデルスゾーンも若いときから才能
を発揮し、この妖精が躍動するよう
な繊細なワクワク感がいっぱいの「
真夏の夜の夢序曲」を作曲したのは
16歳の時でした。
後年楽譜を紛失し演奏会用に急遽
書いたのですが、後ででてきた元の
楽譜とほとんど同じものだったという
完璧な音楽的記憶力を持っていま
した。
詩や文章にも長じ、水彩画もプロ並
で、語学もドイツ語だけでなくラテン
語、仏語、英語、伊語も自由にこな
したそうです。
世界最古のオーケストラ、ゲヴァント
ハウス管弦楽団を創設し、バッハの
「マタイ受難曲」、シューベルトの「グ
レート交響曲」など忘れられた曲を
再演し復興させました。
当時は古い音楽を演奏する習慣が
なかったそうですが、演奏会の新し
い形式と慣習を作った革新的な姿勢
もあります。
反面ベルリオーズやリストとは肌が
あわず保守的と批判されました。
メンデルスゾーンは外面的には穏や
かな人でしたが、芯が強く決して自
分の好みを曲げませんでした。
内なる声に常に耳を傾け、魂のある
場所を理解していたのでしょう。
魂の感覚は多くの人と共有するのは
難しいものですが、理解できる人に
はこれほど親しいものはありません。
アバドはメンデルスゾーンに共感す
るものがあったに違いありません。
ここには他の誰にもできない、繊細
に息づき心よりももっと深い部分を揺
さぶる力が感じられます。

アバド 音の彼方へ 
その5「男としてのアバド」 1985年
チャイコフスキー「ピアノ協奏曲1番」
アバド指揮 シカゴ交響楽団 
ピアノ イーヴォ・ポゴレリチ
男性より女性に支持されることが多い
作曲家といえばショパンやリストととも
にチャイコフスキーがあげられるでし
ょう。
音楽の構造や精神性よりも、感情の
起伏や共感、情熱的直感が先にあ
ります。
アバドの指揮するチャイコフスキーは
とても情感にあふれ、感情の大きな
振幅がありながら、上品さや奥ゆかし
さが失われず、若いときから大きく評
価されていました。
けれど少なからず外れた録音が残さ
れています。
ポゴレリチという現代で最も個性的な
ピアニストと共演したチャイコフスキー
のピアノ協奏曲第1番です。
ポゴレリチはショパンコンクールの予
選で落選したことから一躍有名にな
りました。
桁外れの個性ゆえ落とされたのです
が、その時審査員をしていた、これも
また個性の強烈さでは誰にも負けな
いマルタ・アルゲリッチというピアニス
トが抗議の意思を示して審査員を降
りて退席してしまいました。
そのニュースは瞬くまに世界に広がり
一夜にしてスーパースターとなりまし
た。
鋭く切れ込む感性と存在の深いとこ
ろを覗き込むような底知れなさ、抜群
のテクニックと感性を開放しながら常
に悠然と構えるある種のふてぶてしさ、
そして若くハンサムな外見など、スタ
ーに必要な物はすべてそなえていま
す。
しかしとても慎重でもあり、コンサート
や録音には万全の準備をしてのぞみ
ます。
そのため残されている記録はとても
少なく、特に協奏曲はアバドとやった
このチャイコフスキーとショパンの第
2協奏曲のみです。
アバドにたくせるものがあったのでしょ
う。
しかしここでのアバドはいつもと違い
ます。
強い音を嫌うアバドが冒頭から激しい
音で存在を誇示します。
俺はこうだ、さあどうだという感じです。
それに対してポゴレリチはあえて押さ
えて粒の揃った音でゆったりと応じま
す。
それは歳を経た巨匠のようなゆとりの
表情ではなく、新しい世界に踏み込
む若き狩人の己の力を信じた迷いの
ない足取りです。
けれどアバドも手は緩めません。
前のめりのフレージングと世界屈指
の明晰で張りのある音色をもつシカゴ
交響楽団の音をふりしぼって昇りつめ
ます。
そして最後にはポゴレリチも力を出し
きり、ぎりぎりの強さと速さで頂点に
いたります。
チャイコフスキーの粘るような感性は
感じられませんが、感情の振幅の大
きさやスリリングな展開など、これ以
上はありえないと思えるような面白さ
です。
そして普段は自分の感性を表に出そ
うとしないアバドが珍しく衝動をむき
出しにしているというのにもとても興
味をそそられます。
若き天才を前に、奮い立ち、ライバル
心を燃やしたのか、この男ならこの感
性の表出に耐えられると思ったのか
は分かりません。
男としてのアバドの主張が強く感じら
れます。
後にベルリンフィルの音楽監督になっ
てからのエピソードが伝えられてい
ます。
ベルリンフィルの控え室には卓球の
台があるのだそうです。
ある団員がインタビューに応じて、
「アバドはいつも勝ちました。それは
彼が卓球が上手かったからではあり
ません。彼はポリーニと組もうとしなか
ったのです。彼はポリーニが卓球が
下手なのを知っていました。」と笑い
ながら答えました。
ポリーニはこれまた世界最高のピア
ニストのひとりでアバドとは同郷で大
の親友でもあり、共演も多くあります。
気晴らしの卓球のダブルスでの試合
でしたが、その親友を見捨てて、ア
バドは勝ちに走りました。
表面の穏やかさと裏腹の勝負に執着
するアバドの男の部分が垣間見られ
ます。
また誰にでも親切で気を使う半面、
とてもシリアスで強烈な皮肉屋でもあ
りました。
ただぼうっとしてのんびりしていたわ
けではありません。
他人の中に多くを感じ、自分の中の
衝動も強く見つめながらも、それを前
面には出そうとしなかったのです。
アバドにはもっと大切なもの、表現す
べきものがあったのですが、男として
強烈な求心性がそれを陰で支えて
いたことは間違いないでしょう。

アバド 音の彼方へ 
その6「革新と求心」 1975年
ストラビンスキー「春の祭典」
アバド指揮 ロンドン交響楽団 
音楽に何を求めるかは、その人によ
って違います。
音楽は感覚と知性に支えられた精
神という働きを反映しています。
生まれつきの体質や育ち方、価値観、
その時の気分や天候でも音楽に求め
るものは変化します。
変わらないものの中で大きく二つの
傾向に分かれるのが、突き詰めて新
しい意味を見いだそうとするか、全体
の調和を重んじて今ここにある意味を
楽しむ音楽を求めるかという違いです。
どちらが欠けても音楽はなりたちませ
んが、人によってその均衡はまちまち
です.
アバドはいつも新しい意味を求めて
いました。
真実はどこかにあるはずだという信念
を持って音楽に立ち向かっていました.
そんなアバドの姿勢がはっきりと感じ
られるのがストラビンスキーが作曲し
た「春の祭典」です。
バレエのための音楽として1913年に
発表された初演は20世紀の新しい
音楽の登場として大きな話題となり
ました。
聴衆の中にはサン・サーンスやドビッ
シー、ラヴェルまでもいた演奏会は、
世の中で注目されていました.
けれど、拍手だけでなく怒号や罵声、
野次が飛び交い、怒鳴りあいから殴
りあいにまでなりました。
劇の内容は、春の訪れとともに神へ
の感謝のための生贄が選ばれます。
選ばれた女性は名誉と喜びの至福の
うちに踊り始め、車座になった村人の
中で絶頂に至って命が絶えるというも
のです。
原始的な雰囲気の中、複雑で荒々し
い変則的なリズムと激しい不協和音
が絡み合い、音楽の力が感性をぎり
ぎりの部分に追い詰めます。
その当時の革新であり、最先端でし
たが、現代でもここまで徹底した音楽
はそう多くありません。
多くの指揮者が越えなければならな
い山として挑みます.
知性や革新性に光をあてた暴力的と
いってもいいような演奏も多くあります
が、アバドは決して感覚的な美しさや
音楽が身体を通り過ぎる快感を失い
ません。
また感情に流された雰囲気だけのい
い加減さにも陥りません。
感覚も知性も充たしながら新しい世界
を垣間見るスリルにあふれた演奏をし
ます。
アバドの一世代後にサイモン・ラトル
というとても音楽的才能にあふれた
指揮者がいます。
アバドの後を継いでベルリン・フィル
の常任指揮者となっています。
元々ピエール・ブーレーズという現代
音楽の作曲家の第一人者の弟子で
あり、最近ベルリン・フィルと「春の祭
典」の録音もしています。
精緻で感覚的な美しさと知性をあわ
せもったアプローチはアバドと共通
のものがあります。
しかし演奏の印象は驚くほど違いま
す。
ラトルの音楽は聴いているとワクワク
と楽しくなります。
精霊の末裔が明るい森で生き生きと
躍動しているようです。
それに比べるとアバドは美しくはあっ
ても、緊迫感が持続します。
人の子として今の時代を生きるものが、
太古の森を探索しているようです。
闇の中にうごめき、月の光に照らされ
たものが躍動します.
この音楽を体現しているという意味で
はラトルの方が先をいっているかもし
れません。
けれど聴いた後に印象に残り、また
聴きたくなるのはアバドの方なのです。
こうした理屈では割り切れない部分に
音楽の面白さがあります。
この時点ではアバドは探索する者、
冒険者として音楽に立ち向かってい
ます。
常に冒険を続け、内なる世界を探索
していたアバドは、その厳しさゆえに
他人をよせつけないものを持っています.
その一方で若い演奏家たちとの共演
を好み、様々な支援もしていました.
労働者や学生のために音楽を聴く機
会を作る労力もおしみませんでした.
清新に、純粋に音楽に立ち向かうこ
とだけが、アバドのすべてだったので
す.

アバド 音の彼方へ 
その7「ある頂点」 1990年
ブラームス交響曲第3番
アバド指揮 べルリン・フィル
ベルリンの壁が崩壊した年に、アバド
はベルリン・フィルハーモニーの音楽
監督に就任しました.
ベルリン・フィルは世界の頂点にたつ
オーケストラであり、アバドの憧れの
人であったフルトヴェングラーの楽器
でもありました.
きわめて良好な関係を保ち、数々の
名演奏を残してきたロンドン交響楽団
との関係を断ち切っての決断は、よほ
どの強い意思によって導かれたもの
でしょう.
以後二度とロンドン交響楽団には戻
りませんでした.
気配りを怠らず,関係を持続させる
アバドには異例な決別です.
ドイツの伝統を体現するベルリン・フィ
ルの音は厚く、重く、輝かしく、一糸
乱れぬアンサンブルで聴くものを圧
倒します.
1954年まで指揮したフルトベングラー
の音は、ドイツの暗く深い森から届く
ファンタジーのようでした.
同じ曲が毎日違うように響き、ひとつ
の音がまた次のひとつの音に変化と
意味を与え、有機的生命体が自在
に変化していくようでした.
ロマン主義を体現し守る者として大戦
中も国内にとどまり、ドイツの精神を維
持しようとしましたが、それは当然ヒッ
トラーに利用され、国の守護者として
一身に尊敬を集めました.
戦後は批判を受けましたが復帰し、
本人は自分に非があったとはまったく
自覚していませんでした.
政治は芸術を支えるためにあると信じ
ていたのです.
フルトベングラー後を継いだカラヤン
は、フルトベングラーのライバルとみな
されていたトスカニーニの明晰な表現
とフルトベングラーの重い音の両立を
めざしました.
大きな音量と美しい音色で、多くの人
を圧倒し、良質のサウンドを世界に提
供し続け帝王となりました.
メディアや映像、最新の技術も次々
に利用し、商業的にも大きな成功を
収めます.
美しく流線的に磨かれた音はクラシッ
クにも親しまない大衆にも支持されま
した.
しかし自身の個性や嗜好より、支持さ
れることを優先する音楽は深みに欠
けたものとなりました.
絶対君主としての立場も崩さなかった
ために、晩年はベルリン・フィルとの
関係は悪化しました.
その後、楽団員による民主的な選挙
で選ばれたのがアバドでした.
このブラームスは就任直前のもので、
まだ残っているカラヤンの輝かしい音
と、フルトベングラーの夢幻的で漂う
ような流動性、そしてアバドの若々し
く覇気のある感性があいまってとても
素晴らしい演奏となっています.
ベルリン・フィルの各時代のよいところ
をすべて持っているようです.
まだ完全には気心が知れていない
ベルリン・フィルを相手に、抜群のバ
トン・テクニックと鋭い感性を惜しげも
なくまき散らし、音楽への情熱の渦に
オーケストラをまき込みます.
本拠地ベルリン・フィルハーモニカの
すぐ傍にあったベルリンの壁も取り除
かれ、新しい時代の幕開けを宣言す
るものとなりました.
民主主義の勝利を象徴するものだっ
たのです.
オーケストラのメンバーだけでなく、
ベルリンの市民、ドイツの国民すべて
が期待と悦びをもって就任を祝いまし
た.
けれどアバドはこの路線をあえて外れ
ていきます.
多くの人の期待に答え、多くの人の
支持を受けるよりは、アバドにはどうし
ても達成したいものがあったのです.
試行と葛藤の道の始まりでした.

アバド 音の彼方へ 
その8「精神の要求」 1967&1981年
ブラームス・セレナーデ1&2番
アバド指揮 べルリン・フィル
地味で渋い印象のあるブラームスの
曲たちですが,その中でもこのセレナ
ーデは特に目立たないものでしょう。
まだ交響曲などの大作に取り組む前
の若きブラームスは,公爵家に招か
れて毎年秋に美しい森に囲まれた別
荘で過ごしていました。
恵まれた環境の中,健やかで伸びや
かな心情を反映した幸福な音たちで
す。
ブラームスの青春の歌とでも言うべき
感情の飛翔があり,渋く重々しい後年
のイメージとは違う柔らかな表情です。
あまり取りくむ人が多くないこの曲を,
アバドは何度か録音しています。
穏やかで,微妙なニュアンスが明滅
する,センシティブな曲をアバドは好
んでいたのでしょう。
アバドの世の評価が固まったのは,
1965年のザルツブルク音楽祭での
演奏からでした。
カラヤンに招かれ指揮をしたのです
が,その時にマーラーの「復活」を演
目に選びました。
カラヤンからは「オーケストラが曲に
慣れていないし,観客にも受け入れ
られない」と反対されたのですが,そ
れを押し切ってとりあげました。
出来は素晴らしく「世を震撼させた」
と評されました。
若々しく最もエキサイティングな指揮
者として認められたのです。
こうした後,普通なら交響曲等の派手
な効果のあるを録音したがるものです
が,地味な曲を選ぶのはいかにもア
バドらしいといえます。
アダージョ楽章の静謐な透明感など
での精神性の高い安らぎが,私たち
の胸に迫り,暖かく柔らかいものが
あふれでます。
アバドの指揮はとても優雅です。
無駄な動きがまったくなく,なめらか
ですが,決して機械的ではなく,音楽
の流れと一体化しています。
振り下ろされる右手のタクト(指揮棒)
で正確なリズムを与え,左手の微妙
な動きで表情を導きます。
ベルリンフィルの前任者のカラヤンも
振り下ろしたタクトの下端でリズムを
指示するタイプでした。
けれどほとんどの動きを上下動だけ
ですませました。
眼を瞑り,振り下ろした瞬間に大きな
美しく磨かれた音が壮麗に鳴り響く,
視覚的演奏効果を求めたものでした。
またコントラバスなどの低音楽器には
ほんの少し早く音を出すことを要求し,
意識的にドイツの重い音を作り上げて
いきました。
その前任でアバドの憧れの人でもあ
ったフルトヴェングラーの指揮はとて
もユニークなものでした。
ブルブルと震えているようでもあり,マ
リオネットのように天から操られてるよ
うでもありました。
ベルリンフィルが他の指揮者で練習
していると,突然に音がよくなりました。
気がつくとフルトヴェングラーが戸口
に立って演奏を聴いています。
そこにいるだけでオーケストラの音を
変えてしまうオーラを持っていました。
楽員は必死にその意図を読み取ろう
と,心がこもり,気合の入った音を出し
ます。
音はタクトが上がる時にはじめられ,
音楽が立ち昇ります。
微妙なずれやゆらぎが独特のニュア
ンスを醸し出し,一瞬も同じ音はあり
ません。
新しい音は次の新たな表情を生み出
し,音楽は有機生命体のように自らの
求めるところで流動しながら,深い意
味が与えられます。
精神の同調と共鳴で直接何かが伝わ
る瞬間です。
カラヤンはフルトヴェングラーの音を
求めましたが,それは外の形だけで
した。
楽員の自主性や表情の移ろいを消し
去り,絶対君主として厳しい規律の
元,アンサンブルが揃った強く,明晰
な音楽を提供しました。
フルトヴェングラーは精神や魂に訴え
て存在すべてに鳴り響く音を求めたも
のと対照的にきわめて現世的でした。
アバドの指揮は正確で,美しく,その
技術はだれにも負けないものでした。
けれどそれによって得られる整った
アンサンブルや熱狂的な興奮はアバ
ドにとって目標でも,自己表現の手
段でもありませんでした。
音の微妙なニュアンスやひそかで心
のこもった表現を目指します。
それは形ではなく,フルトヴェングラー
の精神を引き継ごうとする気の遠くな
るような遠い道のりの作業です。
全体として整ったアンサンブルと,微
妙で切実な内的な世界の表出をスー
パーオーケストラで同時に実現する
という,誰もやったことのない次元が
その舞台です。
アバドにはそれらを両立するという
強い信念がありました。

アバド 音の彼方へ 
その9「カオスとひそかな成功」 1994年
モーツァルト交響曲第36番「リンツ」
 べルリン・フィル
「アバドはわざとカオスを作っていたと
思います」
あるインタビューに答えたベルリンフィ
ルのメンバーの証言です。
アバドのリハーサルにオーケストラのメ
ンバーたちは戸惑いました。
言葉はあまり発せず、手と棒と目で指
示をだし、時折黙り込んで自分の世界
に入ります。
オーケストラの絶対君主である指揮者
はふつう間違いも認めず、自信たっぷ
りに振るまいます。
さらにアバドは「まわりの演奏を、よく聴
くように」とか「指示をまたないで」などと
いうのです。
前任者のカラヤンの下、独裁によって
大音量で鉄壁のアンサンブルを誇って
いたベルリンフィルにとっては考えられ
ない状況です。
混乱に包まれますが、アバドはあくまで
一糸乱れぬアンサンブルより、内省的
で微妙にうつろうひとりひとりの熱意や
ひらめきが感じられる室内楽的な音を
求めました。
当初は戸惑っていたメンバーたちです
が、世代交代による入れ替えもすすむ
うち、その意図を理解していきます。
オーケストラ内での室内楽アンサンブ
ルも増えていきました。
この「リンツ」はその成果があらわれた、
とても地味だけれど隠された成功とい
えるものでした。
第一楽章はゆったりとした序章の後、
草原を渡る風のように爽やかで、軽や
かな表情が清々しく、翼をえた感性が
羽ばたきます。
第2楽章は転調を繰り返しながら、微妙
にうつろう内面の世界が展開し、怒り
以外のあらゆる感情がたゆたいます。
スキップするような楽しい第3楽章の後、
第4楽章では優雅さと力強さが両立し
た胸のすく解放感にいたります。
アバドにとっても、ここまでやっと来たと
いう達成感があったでしょう。
天上の調べのような完全な美しさのあ
る演奏に欠点があるとしたら、人間の持
つ痛み感性のおりが感じられないこと
でしょうか。
この演奏を聴いてから過去の名演奏と
いわれているもの、例えばシューリヒト
が指揮したものを聴いてみると、とても
古く、鈍く感じてしまいます。
一見、すっきりとして穏やかに感じるア
バドの演奏には、覚醒し不純や曖昧を
許さない厳しさが潜んでいます。
その厳しさは自身にも向けられ、矛盾
や葛藤を浮き彫りにします。
音楽によって自分を主張するのとは
対照的に、自分を抑えて純粋な音楽
の美しさを求めています。
それが自己消滅という自己主張にまで
至り、指揮することさえ否定しようとして
いるようです。
すぐれた演奏であるのに多くの人の支
持をえられないのは、そうした自らまで
傷つける棘を潜ませているからでしょう。
微妙な表情を求め、力づくでの盛り上
がりに背を向けた演奏は「無気力に流
す悪い癖」「何も新しいことに取り組ま
ない」などという評価も与えられました。
モーツァルトの交響曲の録音もこの曲
で打ち切りとなりました。
無理解の中に身をおいていたのです。
私自身もこのころのアバドを、横綱相撲
をとろうとして勢いをなくしているのかと
思っていたので、世を責める資格はあ
りません。
アバドがいくら強い意志を持ち、天才
ではあっても、やはり人間です。
何度も胃潰瘍になったと、後に述べて
います。
達成感はありながらも、疲労とストレス
は蓄積していきます。
しばらくしてベルリンフィルとの契約を
延長しないという発表がありました。
それまでカラヤンやフルトヴェングラー
など前任者たちはすべて終身指揮者
で、死ぬまで責を務めました。
辞任が見つかった胃がんのためなの
か、他にやるべきことを見つけたのか
はわかりません。
そして大きな変化が訪れます。

アバド 音の彼方へ 
番外その3「荒ぶる魂とえにし」
ヴェルディ「レクイエム」
  ベルリン・フィルハーモニー 2001年
ヴェルディのレクイエム(鎮魂歌)は、モ
ーツァルト、フォーレと並んで、3大レク
イエムと言われてきました。
神を誰よりも愛していたヴェルディです
が、そのためにかえって教会に対して
は批判的な立場をとり、ほとんど足を踏
み入れませんでした。
そんなヴェルディが書いたレクイエム
は、劇的で、美しく叙情的でありながら、
慟哭のような激しさもみせます。
この曲は最初、尊敬するイタリアの作
曲家の先輩ロッシーニの死にあたって
書きはじめられました。
他の作曲家を巻き込んでの記念碑的
な共作にする予定でしたが、他の作品
が間に合わず断念されます。
数年後、イタリアの魂と言われる文豪、
マンゾーニの死によって再度作曲が
すすめられ、今度は一人で完成させ
ました。
ヴェルディは高名になっても、マンゾー
ニに長らく会いにいくこともできないく
らい尊敬していました。
不器用で、朴訥で、誠実なのです。
ヴェルディの音楽の主題はいつも、愛
と死です。
ゴツゴツと無骨に周囲と突き当たり、最
後には悲劇的な死にいたります。
神を敬愛し、人一倍愛国心が強く、い
つも熱い血がたぎっています。
そんなヴェルディが持てるものすべて
を注ぎ込んだこの曲は、一部の心ない
批判を押しのけて、多くの人の魂に火
をつけ、支持されました。
アバドも、ヴェルディゆかりのミラノスカ
ラ座の音楽監督をしていた時以来、何
度も演奏をしてきました。
それも相当に用意周到に準備され、
オーケストラの力量、ソリストの歌手の
選定、コーラスの状態などがベストの
時をみはからって、節目の時期に定
期的に録音もしています。
スカラ座在籍時後期のまだ40代の若
いアバドの演奏がこの曲のスタンダー
ドとして世に受け入れられています。
みずみずしさと情熱にあふれ、きらめく
結晶のような美しさをみせています。
情熱を内に秘めることを好み、自身の
感性のきらめきで音楽を充たすことを
潔しとしなかったアバドですが、この曲
には積極的にエネルギーを注ぎます。
この演奏会は2001年の1月25日と27日
におこなわれました。
2001年は没後100年のヴェルディ・イ
ヤーですが、この日はちょうど命日に
あたります。
21世紀の幕開けとなる時期のコンサー
トですが、アバドはわずか数週間前に
胃癌の手術を終えたばかりです。
この演奏のためにすべてのスケジュー
ルを繰り合わせての復帰です。
合唱は、ミラノではスカラ座合唱団の情
熱的なものでしたが、今度は世界最高
と言われるスウェーデン放送合唱団な
どが務め、天の声が空から降りてくる
ような、力強く、透明な美しさです。
鼓舞するアバドに答え、ベルリンフィル
もふだんのクールな表情を捨て、熱の
こもった切実さで、情動を音にします。
声楽の4人のソリストも、激しく厳しい表
情と深い叙情を湛ています。
この演奏はDVDも出ていますが、ソプ
ラノのゲオルギューのアバドだけを見
つめて歌う真摯な視線に打たれます。
整った美しさ、アンサンブルの精度で
はスタジオ録音のスカラ座の方が上で
しょう。
しかし今のアバドははじめからそんなこ
とに興味はありません。
テンポは急変し、音と音がぶつかりま
す。
これまで室内楽的な静けさを追及して
いたアバドが、死の淵から帰って豹変
します。
希望も絶望も通り越し、内なる辺境と
向き合い、魂の叫びに身をゆだねます。
自ら選んで、仕えようと思った価値も
光を失いました。
生きるに値する価値などこの世にはあ
りません。
ただ生きること、音楽することだけに価
値があるのです。
全身から湧き出る音だけが、すべてで
す。
マンゾーニ、ヴェルディ、スカラ座、ア
バド、ベルリンフィル、スウェーデン放
送合唱団、声楽のソリストたち、遠くは
ロッシーニやモーツァルト、音楽の神
ミューズ、そして聴衆たち。
いくつものえにしが重なりあい、この時
があります。
音楽とは、生きることとはそういうもので
すが、これほどそのことを強く、美しく感
じさせる演奏はありません。
時間と空間を超えて続くえにしの余波
に、私たちも遠く連なります。

アバド 音の彼方へ
 

その10「復活」 2001年
ベートーヴェン交響曲集
 べルリン・フィル
「そして、帰ってきたとき、彼は別の人
になっていました。
死の淵に立った人間として私たちに
話しました「君たちが、私の命をつな
ぎとめた」と。
その瞬間から最後の数年の関係が
一変しました。
皆が愕然と悟ったのです。
この人は音楽がすべてなのだと。
他ならぬ我々と音楽することがすべ
てなのだと。」
ベルリンフィルのメンバーの証言です。
胃癌の手術の後、数週間の休みの
あと復帰したアバドは、すっかり痩せ
て一まわり小さくなっていました。
けれど眼の輝きは増し、音楽への情
熱はあせるどころかより色濃くエネル
ギーを発散させます。
力の抜けた指揮の姿もよりエレガンス
なものとなりました。
このベートーヴェンのライブ録音での
交響曲全集は、アバド退任の1年前
のもので、彼らの結びつきと音楽成
果のなかでも最高のもののひとつです。
会場は本拠地のベルリンフィルハー
モニカが改修中のため、ローマにあ
る劇場です。
伝統を感じさせる美しい建物ですが、
ベルリンに比べるとずいぶんと小さな
ものです。
そしてアバドはオーケストラの人数を
通常よりずっと絞り込み、ベートー
ヴェンが作曲した当時のものに近づ
けました。
大きな音量や技術を誇示するといった
見世物的な要素はまったくありません。
アバドらしい知性に裏付けられた合理
的かつ革新性をこめた選択です。
真摯に紡がれた音が歌い継がれ切
実に次の音を求めます。
アバドだけでなく、メンバーのひとりひ
とりの波動が次の波を生み、より増幅
して次に渡っていきます。
一瞬もとどまることなく流動しているの
に、どこにも力みがなく、涼やかです。
有名な第5交響曲「運命」では、もった
いぶった大げさな表情がまったくあり
ません。
今まさにここに生まれたような新鮮さと、
今ここに生きる切実さに打たれます。
「田園」と呼ばれる第6交響曲は、表題
の通り風景の描写が多くありますが、
アバドは風景を追ったり、感情を増幅
したりせず、淡々と美しく歩をすすめ
ます。
しかしその音が私たちの胸に入るとき、
音は新たな波となって内をみたし、自
然の一部となっている自身を感じます。
さり気ないのに本質を捉えて離さない、
水墨画の名画を見るようです。
私がベートーヴェンのメロディーでもっ
とも好きなのが7番の第2楽章です。
深い森をさまよい、美しいものに触れ、
不思議なものに出会うようです。
アバドの音はファンタジーそのものです。
9曲のベートーヴェンの交響曲を一気
にライブで録音する病み上がりのアバ
ドの気力に驚かされます。
アバドが求め、追及してきたものが、
病気を経て、結実しました。
「価値のあるもの、意味のあるものが
自分の内にあり、それを音楽で表現
しようとしていました。」とアバドは語っ
ています。
情熱と信念を内に秘めていました。
それが病気の後、自分への執着を捨
てて堰を切ったように一気に流れ出ま
す。
「最近気づいたのですが、多く与え
れば、得るものも大きい。
多くを学びました。
病気も悪いことだけではありません。
今は、すべてが違ってみえます。」
ベルリンフィルもともに変わりました。
独裁によって自己を隠して能率を求
めた経済的音楽から、「互いに聴きあ
う、共に音楽するという文化」に脱皮
しました。
アバドは新しい種を撒き、芽吹かせ、
花を咲かせました。
けれどそれはまた、新しい一歩の始
まりでもあります。
病と老いを超えて、探求は続きます。

アバド 音の彼方へ

 
番外その2「宇宙につながる細胞」
ワーグナー管弦楽曲集
  ベルリン・フィルハーモニー 2002年
ひそやかに音が鳴りはじめると、空気
が震え、何かが目覚めます。
何気なく今までここにあった空間が凍
りつき、その中身をあらわにしながら
遥か彼方からの力にひかれ、ゆっくり
と背後に吸い寄せられます。
その動きに後頭部や背中があやつり
人形のように引きこまれていきます。
遠いブラックホールに吸いこまれるよう
に、自由は奪われ、麻痺した身体と心
は、広大な空間に鳴りひびく音の波に
ゆだねるしかありません。
身じろぎもできず、虚無であるはずの
空間と一体になって星々の中をあてど
もなく進みます。
ワーグナーの楽劇は神々の世界の物
語ですが、人間以上に人間臭い葛藤
とドラマがあります。
宿命とエゴの狭間で、血と、汗と、涙が
流されます。
けれどアバドの演奏からは、肉体的な
生臭さが感じられません。
宇宙に永劫に続く物語のひとこまとし
て、抽出され結晶した精神のエッセン
スです。
ベルリン・フィルの前任者だったカラヤ
ン、その前任でアバドの憧れの人であ
ったフルトヴェングラーのワーグナーも
素晴らしいものでした。
カラヤンはこの世の物とは思えない、
美しく艶やかな世界を繰り広げます。
滑らかに磨かれ、ライトアップされた
地底の王宮です。
限りなく妖しい世界です。
フルトヴェングラーはドイツの暗い森に
深く入り込み、ファンタジーの世界に
迷い込んだようです。
深い思索が想像の羽根をえて、常に
流転しながら高みを目指します。
この二人の後を継いだアバドは、偉大
な前任者たちの影響を避けることはで
きません。
周囲からも比べられたでしょうし、アバド
も意識したことでしょう。
この演奏は任期の後期のものです。
カラヤンの磨き抜かれた妖艶と、フルト
ヴェングラーの変幻自在のファンタジ
ーは、アバド流に捉えなおされ静謐な
光による精神のドラマになっています。
大変な読書家であったアバドの磨き
ぬかれた知性と、鍛えて研ぎ澄まされ
た感性は世界の扉を拓くための鍵で
す。
宇宙の彼方の星がどうなっていようと、
私たちのくらしは変わりません。
超新星が爆発し周囲が破壊と創造の
渦に巻き込まれていても、私たちには
あまたの星のひとつが、ほんの少し光
をましたにすぎません。
たとえ宇宙の片隅での、宇宙の永い
時間の中ではほんの一瞬にしかすぎ
なくても、私たちはそんなことに関係な
く生きていけます。
しかしそれでも私たちは宇宙の子であ
り、互いの存在なしにこの世はありま
せん。
ミクロの宇宙である私たちの細胞ひと
つひとつ、それが繋がってできた銀河
のような生命、数限りない生命を宿す
地球、太陽系、天の川銀河、そしてマ
クロのさらに広大な宇宙。
それらをつらぬく一筋の光がこの演奏
です。
宇宙は神秘でありながら身近であり、
静けさの中にもダイナミックな宇宙の
動きが息づいています。
アバドは持てる力をすべて開放してこ
の高みにいたりました。
ワーグナー音楽は、王族に愛され、ナ
チスに利用されました。
権威と結びやすいナルシズムと男の
妄想をはらんでいます。
けれどアバドはすぐれた知性で、権威
的な要素をそぎ落とし、永遠を求める
美への要求だけを抽出しました。
アバドにしかできない世界です。
「タンホイザー序曲」にはじまり、「パル
ジファル」からの組曲、「トリスタンとイゾ
ルデ」より前奏曲と愛の死が続きます。
静謐な叙情が胸に迫ります。

アバド 音の彼方へ
 

その11「音と意味」 2006年
モーツァルト「クラリネット協奏曲」他
  モーツァルト管弦楽団
ベルリンフィルを退団したアバドは二
つの新しい仕事を始めます。
ルッェルン祝祭管弦楽団では、それ
まで手塩にかけて育てた若い演奏家
主体のマーラー室内管弦楽団に、
ベルリンや他のオーケストラの特に
アバドが認めた優れたトッププレーヤ
ーを加えて、規模の大きな作品にエ
ネルギーを注ぎます。
もうひとつがモーツァルトゆかりのイタ
リア・ボローニャを本拠地とするモーツ
ァルト管弦楽団です。
18~26歳に限定された若い演奏家
に混じって、何人かのスタープレーヤ
ーが加わり、音に深みを与えます。
比較的規模が小さく、音で室内楽的
な会話ができるこのオーケストラのメイ
ンテーマはやはり、モーツァルト。
それまでのキャリアの中で、モーツァ
ルトを慎重に扱い、アバドは決して多
くの録音を残してきませんでした。
秘められた決意が機会をえて、一気
にあふれでます。
音が俊敏に立ち上がります。
特にヴァイオリンの積極的に切り込む
音が私たちの感覚を揺さぶります。
しかし決して突出せず、全体の均整
を保っています。
アバドはメンバーにまわりの音を聴く
ことを要求します。
けれどそれはトラブルのない、無難で
安全な演奏をするためではありません。
優れた演奏家の自らの感性からでた
きらめきをとても大事にします。
その一瞬のひらめきを次の音のステッ
プとし、さらに次のきらめきを求めます。
音楽にフレージングという感覚があり
ます。
クラシックの音楽では楽譜によって、
出てくる音は決まっています。
それでも人によって演奏の印象がま
ったく違うのは、そのフレージングと
いう、フレーズをどう扱い、どう歌い、
どう考えるかということが音に表現され、
その人の感性や精神が伝わるからで
す。
しかし現代の演奏家でこの感覚を明
確にもって、しっかりと表現できている
人は驚くほど少ないのです。
それが今の演奏の多くが、形は整っ
ていても、聴いていてつまらないこと
の一因です。
アバドは生まれつきその感覚を持ち、
家庭内での室内楽で子供のころから
その感覚を育て、その気になればい
つでも周囲を巻き込むこともできまし
た。
けれど独裁を嫌悪し、民主的を標榜
するアバドは容易にその感覚を開放
しませんでした。
しかし、病を経過したアバドに遠慮や
迷いはもうありません。
活気あふれる音に微妙で絶妙なニュ
アンスをこめ、モーツァルトの音楽を
拓きます。
このクラリネット協奏曲はそうした演奏
の中でも特に印象的です。
美しく淡々とした流れの中に、細や
かな感性のきらめきが散りばめられて
います。
打ち寄せる波のような音に身をまかせ
ていると、内から哀愁がこみあげてき
ます。
この生の美しさと儚さはモーツァルト
そのものです。
それを情動への共感でなく、音その
ものに語らせて高みへ導く境地にま
でアバドは到達しています。
伝統や常識にとらわれた大人でなく、
まだ手垢のつかない新鮮な感性を持
つ若者たちがいるからこそ可能な表
現です。
それは何よりアバドの求めたものでし
た。
ため息がでるような瀟洒な美しい流れ
に身をまかせると、自分の内なる世界
と大きく広がる外の世界の境界が消
えさります。
過去の巨匠たちは、巨大な自我意識
で聞くものを圧倒し、その世界へ誘い
ました。
一見さりげないアバドの音楽は、自我
を消しながら、幽玄とも、純粋とも、天
心ともいえる地点まで達している、き
わめて稀で個性的なものです。
そして聴く者も、演奏する者も、気づ
かぬうちに、階段を昇っていきます。
アバドの容赦のない探求は続きます。

アバド 音の彼方へ 

その12「無の意味」 2007年
バッハ「ブランデンブルク協奏曲」
  モーツァルト管弦楽団
ブランデンブルク協奏曲は、バッハの
作品の中でもとりわけ創意と感性の
きらめきを感じさせる曲です。
六つの曲からできていて、それぞれに
個性があり、聴いていて飽きることが
ありません。
合奏による豊かな起伏や、ソロでの華
やかな見せ場など、バッハの音楽へ
の情熱がほとばしっています。
ロッシーニやマーラー、チャイコフスキ
ーなどロマン派の演奏で世評が高い
アバドとバッハとはイメージが結びつき
にくいのですが、家族でアンサンブル
を楽しんでいたアバドにとっては親し
みのある曲なのかもしれません。
若き巨匠として、スカラ座の音楽監督
になった時も、アンサンブルを整える
手段として室内楽を推奨し、スカラ座
のオーケストラを使ってこの曲を録音
してもいました。
滑らかに磨かれた、楽しく微笑ましい
演奏でした。
しかし今回は人数を切り詰め、バッハ
が作曲した当時のオリジナルの姿に
近づけています。
それは時代考証までも意識したアバド
らしい知的なアプローチです。
けれどそれがアバドの解釈を浸透させ
るための手段とはなっていません。
むしろアバドが前面に出ることを避け、
奏者たちの音楽性を引き出すための
方法となっています。
そして集められているのはアバドがみ
そめた超一流の音楽家たちばかりで
す。
リコーダーのペトリ、トランペットのライ
ンハルト、ホルンのアレグリーニ、ヴァ
イオリンのカルミニョーラなどが、顔を
見合わせ、楽しそうに目くばせしなが
らも、時折真剣な表情で至難なフレー
ズに立ち向かいます。
音楽は自然に立ち昇り、何の夾雑物
を含まずに、透き通るような美しさです。
顔は自然にほころんで、胸に温かなも
のが流れます。
普通には4番か5番くらいしか真剣には
聴かないのですが、地味な1番や2番
でも、その溌溂とした表情や、今まで
にバッハでは感じたことのない哀愁に
心が反応し、一瞬を楽しみながらずっ
とその流れに身をまかせたいと感じま
す。
続けて何度聴いても飽きることのない
演奏です。
知人たちとこの演奏のDVDを見たこと
があります。
その時、音楽に詳しい友人が言いまし
た。
「アバドはなにもしていない。
このメンバーを集めた時点で成功は
約束されていた。」
確かにアバドは特に指示も出さず、音
にあわせて弱々しく棒を振っているだ
けに見えます。
特に編成の小さい6番では、アバドは
舞台に上がらず、メンバーたちだけに
よる、室内楽として演奏させています。
そうした場合でも演奏の質はまったく
変わらずに維持されています。
そこにアバドという存在が持つオーラ
のようなものを感じます。
自分を消し去っても、美しい音楽を奏
でたいという強く明確な精神です。
多くの演奏家は、自己を主張すること
を芸術と思い、自己を主張する手段
として芸術を使います。
演奏家たちは、「私は全てを犠牲にし
て音楽に打ち込んでいます。私ほど作
曲家や楽譜に対して忠実な音楽家は
いません。」と皆、思っています。
しかし出てくる音は、演奏家の個性そ
のものです。
それだから音楽は面白いのですが、
アバドはあくまで自らの痕跡を残さず、
音楽が持つ力を引き出そうとします。
その意志と精神がメンバーたちに伝播
し、楽しいのに真剣そのもの、自発的
なのにイメージが統一され、全力なの
に力の抜けきった愉悦があるという、
稀有な時がおとずれます。
静寂を愛し、無の意味をつきつめて
いたアバドの個性がもっとも発揮され
た演奏の記録のひとつです。

アバド 音の彼方へ 
その13「過激と革新」 2008年
モーツァルト後期交響曲集
  モーツァルト管弦楽団
モーツァルト管弦楽団を組織し、数々
の協奏曲で経験を積み、互いの感覚
をすり合わせて、高めていったアバド
はついに交響曲に取り組みます。
交響曲という重たい形式をどう表現す
るかで指揮者の力量が問われます。
そのため強い音や音の流れより構造
を感じさせる、少し大げさな演奏が多く
あります。
アバドは軽々と音の奔流を作り、その
渦に飛びこみます。
修練を積んでモーツァルトの音を表現
できるオーケストラを自由に歌わせな
がら、要所でギアを入れ替え、スピード
や方向、表情を変化させます。
的確なアバドの棒やニュアンスに富ん
だ左手の動き、目や顔の表情から伝え
られた意図は、確実に奏者を動かしま
す。
音楽は瞬間瞬間に立ち上がり、明滅
しながら張りつめて流れていきます。
団員たちは自由に演奏しているので
すが、確実にアバドの動きの中にいま
す。
そのためアバドが選ぶ音の刹那を伝
えます。
美しい流れを重んじていた穏やかなメ
ロディーに、次の瞬間切実に迫る強い
表情が加えられ、最良の音を探して
一音に気迫をこめます。
それが波紋のように広がって次の音の
飛躍を求め、開放の後、また永遠に帰
るように柔らかな音が奏でられます。
作曲家の意図を意識しながらも、演
奏者たちの個性やコンディション、演
奏の流れなどがせめぎあい、次の一
音が選ばれます。
旋律の歌い方で演奏者や指揮者の
主張をこめるフレージングも伸び縮み
しながら、もっとも切実な音が置かれて
いきます。
その瞬間の軋むようなスリルにこちらが
息をあわせると、音の渦に巻き込まれ
ます。
過激でエレガント、均衡を保ちながら
の飛翔に、身体中の細胞が揺さぶられ
洗われるようです。
享受する立場でなく、音楽に生き、作る
目線にたった演奏は、昔の曲ではあっ
ても現代音楽として今に生きる私たち
に迫ります。
アバドは若い時に、指揮者かピアニス
ト、作曲家のいずれになろうか迷いま
した。
指揮に自分の感性を投入して多くの
人をまきこんで感動の渦を作ることが
できるだけでなく、ピアノも上手でした
し、現代音楽への造詣も深く、新しい
音楽へも感覚の扉を開いていました。
私も定期的に現代音楽に惹かれます。
そうした時は伝統的なクラシック音楽
に、居心地の悪さを感じます。
重たくまとわりつき、わざとらしさや嫌ら
しさが鼻につきます。
けれどそうした時でもアバドが指揮した
ものには素直に音楽の流れに入って
いけます。
アバドの音楽は常に最先端で、革新
的なのです。
それは単に知的で、最新の研究を演
奏に取り入れたというだけではありませ
ん。
音楽に向かう姿勢そのものが常に新鮮
です。
あらかじめ決められた調和や安心でき
る感動をなぞるような演奏からは遠いと
ころにいます。
容赦なく今を見つめ、情熱を開放し、
構成への意志をもって音を締め、団員
の創意を汲んで次の飛翔へ導きます。
刃の上を渡るような緊張感なのに、何
にも規制されない伸びやかな愉悦が
あります。
こうした音楽にはこちらも飛び込んで
いかないと、何も語ってくれません。
謙虚で奥ゆかしくもあり、不親切でも
あるかもしれません。
アバドは多くの人たちに支持されるよ
りは、本当に理解してくれる人たちの
ために音楽をしたかったのでしょう。
聴く側の姿勢をも厳しく問う演奏です.
人の心の機微をそのまま音に託した
モーツァルトの音楽には、今ここに音
楽が生まれた瞬間の新鮮な感動を音
に再現する姿勢は最適です。
優雅で上品なモーツァルトも、アバドの
棒によって、今を息づく現代音楽となり
えました。

アバド 音の彼方へ 
その14「魂の歌」 2010年DVD
マーラー交響曲第9番
  ルツェルン祝祭管弦楽団
この第9交響曲は、マーラー最後の完
成された交響曲です。
それまでの作品などからの様々なメロ
ディーが消えては現れ、写真のコラー
ジュを見るように賑やかです。
そして最終の第4楽章の最後には、「
死に絶えるように」という指示が書き込
んであります。
死を恐れ、半面で惹かれ、ベートーヴ
ェンが9曲の交響曲を残したことを意識
して、この前の作品には9番という番号
を与えず、「大地の歌」という題をつけ
ました。
そんなマーラーが覚悟をもって持てる
ものをすべて注ぎ込んだ曲です。
音は活気をもって常に流動し、変化し、
同じことの繰り返しがありません。
それなのに全体に渡って大河のような
大きな流れが感じられ、一貫した力が
持続します。
第4楽章に入ると音楽はゆっくりとした
弧を描いて下降します。
過ぎ去った日々への哀惜と遠いあこが
れが交錯し、胸にこみあげます。
20世紀の近代人であるマーラーにとっ
て、死とは神に召されることよりは、自
己の消滅であり、完成よりは敗北や終
焉という意味合いが強くなっているの
でしょう。
劇的な盛り上がりの中にも哀愁とノスタ
ルジーが混じりあい、くすんで重い色
合いが持続します。
マーラーの最高傑作として、バーンスタ
インや、バルビローリ、カラヤン、ジュリ
ーニなどの名演奏がきら星のようにあ
ります。
その中でもアバドの演奏はきわめて
個性的です。
音の表情はとても振幅が大きいのです
が、激情や自己陶酔にはほど遠く、透
明で静けさが支配します。
しかし他の誰の指揮したものより、深く
胸に迫ります。
感情よりも、もっと深い部分に共鳴する
のです。
知性と感性によって構築された精神を
も通過し、もっと根源的なもの、静かに
絶えず内側で燃え続けるもの、魂とい
う言葉でしか表現できない何かに至り
ます。
初めてなのに懐かしく、手に触れるこ
とがないのに暖かい。
その渦は多くの人を巻き込みます。
世界屈指のフルート奏者で、ベルリン
フィルに在籍するエマニュエル・パユ
がインタビューに答えて、この曲のア
バドとの演奏の体験を語っています。
「私の音楽に対する姿勢を変える体験
がありました。
ある年、マーラーの第9をアバドとのツ
アーで25回演奏したことがあります。
彼はその25回すべてで、オケのメンバ
ーや聴衆を金縛りにしました。
誰もが身じろぎもせず、息をのんだの
です。
全てが絶対的な静寂の中に消えてい
た。
現実にかえるのに時間がかかりました。
ある時は1分以上も、誰かが耐えきれ
なくなって拍手か、咳を始めるまで続き
ます。
あのマーラー第9は本当に特別でした。」
この演奏のDVDに見るアバドは静かに
消え入るように、しかし長く続く感動の
余韻と一体となって指揮を終えます。
まるでアバドも同時に静かに息をひき
とってしまうのではないかと思えるほど
です。
長い、長い静寂の後の心をこめた拍手
とブラボー。
アバドもインタビューに答えています。
「私にとってよい聴衆とは、消えゆく音
の時に静かにしていてくれる聴衆です。
沈黙は重要です。」
心の動きや感情の高まりは私たちの
存在のごく表面、外界との境界部分
の波です。
もちろん重要で無視できませんが、そ
れに心を奪われると内側の動きやひそ
かに燃え続けるものを見失います。
目をつぶって、静かに自分と向き合う
沈黙の時間は何にもかえられません。
アバドは感情に訴えることに背を向け、
精神で人を圧することを拒みます。
そして、魂の炎を輝かせます。

アバド 音の彼方へ 
その15「遊びと天心」 
シューマン交響曲第2番  2012年
  モーツァルト管弦楽団
シューマンはとても分かりにくい作曲
家です。
ふわふわと漂うようで捉えどころがなく、
おとぎ話のような楽しい美しさがあるか
と思うと、時として深い淵を思わせる鬱
積した暗い感情が噴き出してきます。
生存中から著名でしたが、作曲家とし
てだけでなく、評論家、文筆家として
も支持されていました。
バッハの再発見に貢献し、メンデルス
ゾーンやブラームスを評価して世に広
め、ショパンの真価を伝えました。
奥さんのクララも美しく有名なピアニス
トです。
当時の流行の最先端をいく人です。
世の動き、人の持つ力を見ることに長
けており、何をどう伝えれば支持され
るという感覚を身につけていました。
極めて現代的な性格の持ち主です。
病に侵され、薬も効かず、クララに唇
にワインを塗ってもらって症状を緩和
させている時に、「僕は、知っている」
などと言って暗い心の奥底をのぞか
せたりします。
明るく前向きな躁だけでなく、鬱々と
したものも持っていました。
そうした現代性は曲にもあらわれ、情
緒や思索よりも音の運動性がシュー
マンの何よりの個性です。
けれどこの音の動きの中にある動きを
とらえた演奏は多くありません。
シューマンをロマンチックな作曲家とし
て扱う人が多いのです。
私も正直言って、分かっているとは言
えません。
センスも頭もよいけれど、良くも悪くも
現代的な、底の浅さもある作曲家だと
思っていました。
このアバドのシューマンを聴いて、初
めてシューマンに近づけました。
夢幻的な表情と現世的ともいえるよう
な音の運動性が波状的にやってきて、
渦にまきこまれます。
アバドの的確な解釈と棒で、音が絡み
ながら上昇し、リズムがこだまのように
反復しながら変化していくのが手に取
るように感じられます。
行方も知れず流れに身をまかすと、何
にも縛られない世界にいます。
第3楽章のアダージョなど、夢のように
美しいのですが、肉体や感情に直接
訴えるものではありません。
流れるような旋律と大きな波のように
押し寄せる盛り上がりも、美しい映像
のうつろいを眺めているようです。
胸に迫り、内を動かすものはあるので
すが、舞台や映画を見ているようでど
こか切実ではありません。
生活や現実を離れたところにある想像
の世界、いわば作り事です。
芸術とはもちろんそういうものですが、
シューマンの場合はその度合いがとて
も強いのです。
何かを突き詰め、生き方を問う厳しさ
とは違う、責任を離れた自由の世界で
す。
そう、これは最良の意味での「あそび」
です。
アバドはそのシューマンの世界で、背
中の翼をいっぱいに広げて飛翔しま
す。
美しく、切なく、愛おしく、純粋です。
誰のためでなく、誰にも束縛されず、
目的も、責任もなく、自在です。
人間はあそぶために生まれてきたとも
言えます。
意味のないものに意味を与え、虚構
の中に新しい価値を作り、その世界
に自由でいることに歓びを感じます。
アバドはすでに人から評価されること
にも興味を失っています。
オーケストラのメンバーや聴衆に何か
を伝えようともしていません。
音の世界でただ、あそびます。
そこにあるだけで美しく、楽しいのです。
みがきぬかれた、結晶のような「あそび」
の極致です。
人は純粋無垢で、天心爛漫に生まれ
てきました。
世の習いに従っているうちに純粋さを
忘れ、多くの人に支持され、多くの物
を手に入れるのが目的になり、決まり
事を守ることを覚えて、大人になります。
けれど人生の目的のひとつは、歳をと
ってから天心に帰ることです。
天心は、人の存在を超えた大らかで、
伸びやかな動きです。
天と交わって遊び、永遠に感じられる
宇宙の動きと一体になります。
子供の天心は自然ですが、老人の天
心は感覚と精神を鍛え、まっすぐに道
を歩み続けなければえられません。
アバドは人として稀にしか到達できな
い世界の住人になっています。
アバドはいったいどこまで行くのだろ
う。
ワクワクした期待とともに、胸が切なく
疼きます。

アバド 音の彼方へ
番外その1「内と外に広がる世界」
モーツァルトピアノ協奏曲25&20番
  モーツァルト管弦楽団 2013年

見渡す限り続く森に、一陣の風がおこ
り、水面を吹き抜けて波紋をひろげ、
木々の葉が波打ち光がきらめきます。
不思議な森の生き物も木陰からあらわ
れ、無邪気にあそびます。
この世の命も、そうでないものたちも、
ただそこにあるだけなのに、何故美し
いのでしょうか。
胸が広がり、翼が生えて風と一体にな
り、私たちも飛び立ちます。
アルゲリッチがピアノを弾き、アバドが
指揮したモーツァルトピアノ協奏曲第
25番の演奏を聴いていると、こんな情
景が浮かんできます。
この曲は壮麗な宮殿を思わせるような
明快で力強さを感じる演奏が多いの
ですが、この二人は力を抜ききって、
柔らかな世界を浮かびあがらせます。
透明で、濁りが無く、音楽を通して、こ
の世や自然のすべてを見通せるようで
す。
ひとつひとつのフレーズがていねいに、
自然に息づいています。
完璧な技術と音楽への理解、誰にも
負けない経験を持っているふたりです
が、自己を主張せず、生きる苦悩を見
せません。
人間は何かを他人に強く伝えようとす
ると、力が入り、自分が表にでます。
自分を主張することと、新しい美を作り
だし、誰かに伝えられるのとは同じこと
ではありません。
妥協せずに自分を追及しながら、多く
の人たちにとってもどういう意味がある
のかを探求し、共感をえて両立できた
ものが芸術作品となりえます。
個の壁を越え、国を越え、時間を越え
て伝わり、残ります。
そしてこの演奏は人間の感性を超えた
ところまで到達しています。
自然の営みそのものです。
素朴と洗練、情熱と知性、主張と謙虚
などの相いれないものたちが一体と
なってひとつの世界となっています。
2曲目に入っているのはピアノ協奏曲
第20番です。
明るい陽の光に照らされたハ長調の
25番は、広々とした外の世界を感じさ
せます。
ニ短調の20番はまったく反対に、暗い
光が明滅する内なる世界です。
夜の街を、街路や窓の明かりを頼りに
彷徨っているようです。
胸は熱く高鳴りますが、あてどもない
歩みに目的も、解決もありません。
ただ突き動かす何かを見つめるだけ
です。
第2楽章の「ロマンス」は、美しい思い
出です。
胸の奥に静かにひそめているかけが
えのないものたち。
ピアノは柔らかいタッチのなかに自在
に感覚のゆらぎをこめます。
オーケストラは余韻と陰影を与え、過ぎ
去った美しく楽しいものたちが現れて
は、また消えていきます。
水が高いところから、低いところへ流れ
ていくように自然なのに、ひたすら美し
いのです。
捉えようとすると、手から抜け落ちてし
まうものたちが静かに心の底に沈みこ
む時、突然に早急にピアノが打ち鳴ら
され、第3楽章が始まります。
音楽は情熱的に疾走します。
時折、懐かしい思い出もよぎりますが、
それさえも踏み石として、音楽は前へ
前へと進みます。
それだけが生きる意味であるように。
けれど熱狂や陶酔にはほど遠く、幾多
の時をすごした大人の独白です。
痛みだけでなく、懐かしさをともなった
軽やかな愉悦とともに開放にいたりま
す。
この二人の共演は、46年間続きました。
20代で知り合い、共演も多く、チャイコ
フスキー、ショパン、プロコフィエフなど
多くの名盤、名演奏を残してきました。
情熱と探求心を共有し、互いの個性
を知り尽くしています。
時折みせる強い表現に、ある時はそっ
と支えて深みを与え、別の時にはより
強い表情で高みへ跳躍します。
その瞬時の間合いの変化が絶妙で、
スリリングです。
私がモーツァルトに求めるものすべて
が、この2曲に結実しています。
世にある、あらゆる雑多なものたちを
濾しだして、大切なエッセンスだけを
垣間見せてくれる芸術の体験は、本当
に稀です。
世界にあるものすべてに新しく向き合
い、ここにあることの意味を知ります。
胸に暖かなものがあふれます。
アバドを巡っての私の長い道のりは、
この演奏を受け取るためにあったのか
もしれません。

アバド 音の彼方へ 
その16「静寂への回帰」 2013年
ブルックナー交響曲第9番
  ルツェルン祝祭管弦楽団
マーラーよりも30歳以上年上だったブ
ルックナーですが、同じウィーンで主
に活躍した作曲家として、互いに尊敬
していました。
ブルックナーの数少ない支持者として
楽譜の出版の費用を肩代わりしたの
がマーラーです。
ワグナーの信奉者であり、9曲の長大
な交響曲を書いたという共通点はあり
ましたが、その作風はまったく異なる
ものです。
20世紀の近代人として個の確立と葛
藤を描いたマーラーに対して、ブルッ
クナーはあくまで神に身を捧げる熱心
な19世紀のカトリック教徒です。
ですからブルックナーの交響曲はすべ
て神への信仰告白であり、普通の人で
あるブルックナーがいかに神に近づこ
うとしていたかの軌跡とみることができ
ます。
そのためブルックナーの演奏では、人
として自然の一員としての穏やかで素
朴な感性に支えられた柔らかくやさし
いものから、神の絶対的な偉大さを表
す荘厳なものまで、その間でいろいな
解釈と演奏がありえます。
マーラーやブルックナーが見直されて
いる近年では、個としての葛藤と絶対
的なものへの憧れを表現して、自意識
の棘を感じさせる演奏が多いように感
じます。
ですから私がブルックナーを聴くのは、
寒さに向かう秋に、迷走神経が緊張し
はじめ、感覚がピリピリとして張りつめ、
頭の中が妙なことに拘って暴走状態
になる時に、毒をもって毒を制すとい
う時に限られます。
けれどこのアバドのブルックナーには、
毒も、棘もまったくありません。
ふつうは一度聴くとぐったりと疲れてし
まうブルックナーなのですが、何度も
繰り返して聴けて、その都度新しい発
見があります。
足取りはゆっくりとはじめられます。
いつもの颯爽と若々しいアバドはもう
いません。
一音一音を愛しみながら、フレーズは
ていねいに静かに閉じられていきます。
胸に切々と迫る音はアバドの自己主張
でも、ブルックナーへの共感でも、神
への感謝でもありません。
ただここにいて、音楽する瞬間の悦び
です。
壮大な音響は光となりますが、人をさ
す鋭さも、色もありません。
雲間からさす光にも、夕映えの荘厳な
光にも、宇宙をあてどもなく進む光にも
色が無いのです。
モノクロの写真や、水墨画を見るようで
す。
アバドの棒に感応したオーケストラの
メンバーの集中力と緊張感の強さの
連続に、こちらの胸も震えます。
長い長い時間であるような、ほんの一
瞬であるような愛おしい時が続きます。
第2楽章のスケルツォはまるでマンモス
や精霊たちの舞踏です。
得体の知れないものが現れては消え、
命の不思議を語ります。
最終の第3楽章、長く尾を引く音は線
となり、綾となって上昇します。
人の世への哀惜も、栄光も挫折もその
動きを止められません。
ただ、今ここにあることへの感謝と祈り
が捧げられます。
ひたすら素朴であったブルックナーで
すが、アバドはその音に生きることへ
の賛歌を込めます。
ふたたび長い吐息と憂鬱がおとずれ、
死への不安や自分を失うことへの恐れ
がよぎります。
導く糸や光は失われ、それでもひたす
らゆっくりと歩を進めます。
そして突然、ほのかで美しい光が現れ
ます。
多くの演奏ではこの場面を感動的に
演出するために、全宇宙の星がいっ
せいに光るように、壮大で劇的に栄光
を称えようとします。
けれどアバドはひそやかに、慎ましく
光を与えます。
それがいっそう胸に迫ります。
そして再び巨大なものと対峙しますが、
それは自我という自分の影です。
最後にほのかな光が、静かに残ります。
そしてすべての葛藤を通り過ぎ、純化
され、浄化された沈黙がやってきます。
このCDのケースの裏側に、会場を立
ち去るアバドの後ろ姿の写真が残され
ています。
そこにはまったく生気が感じられませ
ん。
肉体的な力をほとんど失った人に、な
ぜこのような音楽を作れるのでしょうか。
真摯に探究を続けたアバドは、ほとん
ど自分のことを語りませんでした。
そして、永遠の静寂の中へ帰ってい
きました。
何故か、アバドがブラームスの交響曲
を再演してくれるものと信じて、待って
いました。
それは誰も聴いたことのない演奏であ
り、誰も至ったことのない場所であるは
ずでした。
その夢は実現することなく終わってし
まいました。
けれどその理想を描き、探求しつづけ
る姿勢の大切さを、アバドは伝えたか
ったのだろうとも思います。
アバドについて私が書けることも尽き
ました。
1年半に及ぶ長い時間、お付き合いい
ただきありがとうございました。
この文章によってアバドを知る旅の入
り口に立ち、何かを追及する悦びを深
めた方がいたら望外の幸せです。

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