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波田野雪女の句集「むらさき野」
しゃちょーが通う坂戸の明日香句会
を主宰する米寿(八十八才)の雪女
さんの初句集が出ました。
波乱に富む人生とそれを静かに見つ
める視線、豊かな感受性を感じさせ
ます。
最近俳句に興味を持たれているお客
さんが増えているのでご紹介します。
少女落とすバケツの響き敗戦日
ソウルの名門学校に入学した雪女さ
ん。中一の八月に日本の敗戦となり
ました。講堂に先生生徒が全員集ま
る中、玉音放送が流されます。何が
起きたかまだよく分からない雪女さん
ですが、手に持っているバケツを落
としてしまい、静寂の中カランカラン
と音が響きます。それは豊かな生活
が一変し、無一文となっての日本へ
の逃避行の号砲でもありました。以来
心の中でその音は消えることはなく、
60年後に句となって残りました。
実際の音でなく、「響き」として詠む
人に音を想像させ、その場の景に
参加しているような気持になります。
緊迫した状況の中、ただ立ち尽くす
少女の心の痛みが胸をうちます。
大根ひとつ荷台に括り父帰る
貧しい暮らしの中、家族に何か買っ
て帰ると約束していた雪女さんの父
君。持って帰ったのは自転車にくくり
つけた大根一本だけでした。困惑し
たお父さんの表情、少しがっかりだ
けれど暖かさを感じる子どもたちの
表情が見える句です。
「ひとつ」という措辞で、他には何もない
状況が的確に伝わり、「荷台に括り」で
自動車でも、リヤカーでもなく、自転車
だということが見えます。無駄のない表
現で、状況だけでなく周囲の人物の心
まで感じられます。小澤實先生に選ば
れたのも納得できる句です。
子七人育てし乳房盆の月
可愛く賢かった雪女さん。お母さん
はもう一人女の子をもうけるべく頑張
りましたが、後は六人の弟たちが生
まれました。戦後もとても苦労された
ことでしょう。雪女さんも生活を助ける
ため早くから働きました。地元の福島
の大きな会社の経理をまかされるま
でになり、弟たちも成人しました。その
苦労を見ていた弟たちは、今度の句
集の費用を出し合ってくれました。
亡きお母さんのことを詠んだ句でしょ
う。季語の「盆の月」が内容とついてい
ますが、雪女さんの情感豊かな個性が
はっきりとあらわれています。
「生きた、書いた、愛した」われに天高し
得意の書で身を立てている雪女さん。
この句は雪女さんの人生そのもの。
スタンダールの残した「生きた、書いた、
愛した」を体現し、誰に指さされることも
なく、胸を張って歩み続けます。
誰にでも好かれ、多くの人たちが頼っ
ています。今後のますますのご活躍
をお祈りしています。